第137話 人工知能、逃がさない

(……くそ……何がどうしてこうなった……本当に、何がどうしてこうなった)


 不破の枝に全身を束縛されたバックドアが自由だったのは眼球と、良く回る舌くらいだった。不服な事に。

 眼球には、性別が分かりづらい公爵のカーネルが追加で映っていた。クオリアとエスも自分から目を離さない。大切な女性を傷つけられた怒りや憎しみ、それが鉄仮面のような表情にも滲み出ているのが分かる。


 バックドアも目の前の三人が憎い。人間とそれに与する魔術人形も憎い。

 ただし、リーベとは違い個人的な感情だった。


(俺の平穏を……俺の楽しみを奪うとは……なんて奴らだ)


 しかしバックドアは知っている。今は反論すべきではない事を。今は従順な捕虜の振りをすべき時だという事を。


「説明を要請する。ウッドホースが隠匿した、残りの古代魔石“ブラックホール”の在処はどこか」


 クオリアからの質問を耳にして、再びバックドアは考えだす。


(確かクオリアは……嘘は分かるんだったな)


 僅かに歯軋りをする。

 だがここでトロイを庇う気は、バックドアには更々なかった。


(……どっちにしろ、大局を鑑みればトロイ達がこいつらに勝てるイメージが湧かねえ。簡単に身バレしてるし。第零師団は役立たずだし。古代魔石“ブラックホール”を組み込んだ鎧――“ブラックドック”とやらも、こいつらの前ではどこまで信用できるか分からん)


 つくづく組む人間を間違ったと思う。

 ウッドホースといい、リーベといい、詰めが甘かったり心変わりしてしまった。

 一人では何もできない事は知っている。しかし他人程不確定要素が激しいものはない。この業界にいて、度々生じる矛盾だ。

 

 つまりバックドアにとって、トロイとはいつでも切り捨てる事が出来る。


「“聖テスタロッテンマリア迷宮”最下層西エリア、その付近にまで行きゃ、どんな人間だろうと魔力酔いするレベルで古代魔石“ブラックホール”が鎮座してんよ……」


 ダンジョン名を口にした。

 聖テスタロッテンマリア迷宮。晴天教会の前身である組織がその昔創り出したとされる曰く付きの迷宮だ。とはいえ、既に中の探検は完了されており、儀式の結果発生してしまった危険な化物も殆どいない事から、今では見向きもされていない。

 ただ、確かに古代魔石“ブラックホール”が発動すればこの王都を地面から崩落させることが出来る位置にある。

 

「クオリア。ゲボカス野郎が言う事は正しいですか」

「虚偽の報告を裏付ける値は検出されない」


 クオリアの反応に、若干バックドアの顔が緩む。


(ああ、この情報は本当だからな……だから)


 実はこの時、バックドアはクオリアにも気付かれないように密かに体内に魔力をため込んでいた。如何にクオリアと言えど、ずっと求めていた情報を目の当たりにしては一瞬だけでも警戒は緩む。それに懸けたのは成功だった。


「しかし……聖テスタロッテンマリアの最下層となると、かなり地下深くにあるわよね? いくら何でも遠すぎるんじゃなくて? 面倒くさい事を」

「さあな……古代魔石“ブラックホール”の威力がそれだけあるって事だろう……」

「随分と他人事ねぇ」

(そりゃ王都が滅びようが、獣人が滅びようが知らんこった。俺が求める平穏がもらえればそれでいいんだからな)


 嫌疑の視線。それはカーネルだけではなかった。クオリアもその情報に嘘は無いと理解した上で、更に隠された情報を聞き出そうと視線をバックドアから離さない。

 だがその視線が、一瞬だけ状況のラーニングに集中する。


「状況分析。バックドアの周辺から異常な魔力の値を確認」

「……確かに。よくわかったわね。私も言われないと分からなかったわよ」

(……ばれたか。クオリアコイツの一番厄介なところだ……!)


 バックドアが、クオリアについて一番恐れている点。

 それは“明らかに辺りの状況を読み取る力が強い事だ”。

 確かに、魔力の流れは今カーネルも勘付いたように、意識すればざわつく触感で理解する事が出来る。


 だが大抵他の事に少しでも集中が逸れる場合、こっそりと発動している魔力の流れには勘付けないものだ。

 人間は、常日頃から一点に全神経を集中させるのが苦手だ。

 しかしクオリアは、原始時代からの人間の習性を無視するように、。その結果、大事な情報を与えた時でもなければ、ふとした事を見逃さない。


 しかし。


(だが……もう完了した……)


 僅かに大地讃頌ドメインツリーの束縛の中で瞬き、その光の中でバックドアは微笑む。

 既に発動している。


 バックドア特有の例外属性“光”の魔術は。


(まだ死んでたまるか……折角この世に生まれたんならよ。やりたい事やったもん勝ちだよなぁ? 他人の不幸を、安全地帯から眺めている時ほど、極上なことは無い)

『Type SWORD』

(今は雌伏の時。今は雌伏の時。今は雌伏の時。今は雌伏の時――じゃ逃げて隠れてやんよ)


 クオリアがフォトンウェポンをバックドアの額目掛けて突き刺す。

 最小限の動きだ。

 しかしその動きすら、間に合わない。



「もう遅い!! いっひひひゃああ!! 光界閃ファイバーネットワーク!」



 バックドアは、光になった。

 物理的な肉体が、荷電粒子ビームさえ干渉不可の、文字通り光という概念に変貌する。

 

 自分を別の人間と擬態させる事さえ出来てしまう例外属性“光”のもう一つの魔術、光界閃ファイバーネットワーク

 これを扱えるのは、ほんの1秒にも満たないバックドアの最終手段だ。

 ただしその1秒だけ、バックドアは魔力で衒った疑似的な光子へと変貌する事が出来る。大地讃頌ドメインツリーを擦り抜けて、一気に遠くへと駆け抜けるのだった。


「はあ、はあ……」


 光速で動ければこのままゼロデイ帝国に亡命できたのに、と舌打ちをした。

 あくまで変貌は疑似的なものであるため、光速を実現しようとすれば自身の体は引きちぎれてしまう。

 だが疑似的でも光を名乗るだけあって、速度は凄まじい。

 カーネルやクオリアが見えない程十分な距離を取れた。まだ王都の中ではあったが、この方角はゼロデイ帝国に近い。


「……今は雌伏の時。まずはゼロデイ帝国に逃げるとするか……」


 と言いながら、ゼロデイ帝国まで逃亡する算段を付けていた時だった。



『Execution Teleportation』

 

 

 バックドアの視界に、たまたま入る。

 50m先に、黒い環を頭上に浮かび上がらせて出現した、クオリアの姿が。


「バックドアの魔力反応から、この付近に存在すると判断。これよりバックドアの捕――捕縛――排――[N/A]――探索のち捕縛を実行する」

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