第136話 人工知能、ある獣人の最後の役割を見る⑤

 誰一人死んではいない。

 ある獣人は腕か足を撃ち抜かれて戦闘不能。ある獣人は“桜咲クハニーポッド”による魔力不全で一時的な気絶状態に追い込まれ、しかも大地讃頌ドメインツリーによって全身を拘束されたままだ。

 白目を剥いたままぐったりしていたバックドアに対し、激情の一線を超えないように思考を見つめながら、クオリアは更に周りの情報をラーニングする。


「状況分析。二分後に、カーネルおじさんが到着する事が予想される」

「説明をお願い致します。守衛騎士団“クリアランス”も随伴していますか」

「状況から、そのように想定される」


 クオリアとエスが会話を繰り広げていると、ふと一つの気配が遠ざかって行くのが見えた。


「説明を要請する。あなたはどこへ移動するのか」


 離れていくリーベの後姿を、クオリアは見逃さない。


「死人の逝き先は天国が地獄かのどちらかだ。俺は地獄にしか逝けないだろうがな」


 その問いに、リーベは右手を見ながら答えた。

 消滅が、更に進んでいる。


「バックドアを見ていると、多分俺はまた怒り狂って殺しそうになる。でもそれだと、古代魔石“ブラックホール”の在処は聞き出せないんだろう」

「肯定。自分クオリア達は、バックドアから情報をインプットする必要がある」

「……後はお前らが、蒼天党のリーダーであるリーベを倒したと言えば、それですべては終わりだ。多少の悪意は俺が地獄へ持っていける」


 そう言って退場しようと、消滅する体を動かそうとした時だった。

 クオリアがその道の上で、立ちはだかる。


「あなたは誤っている。あなたはまだ移動するべきではない」

「放っといても消えちまうと言っている」

「あなたの“美味しい笑顔”を十分に検出していない。あなたは先程、あなたの情報を誤解させる情報を多くの個体にインプットした。このままではあなたの“美味しい笑顔”は検出できない。あなたの行動は誤っている」


 ロベリア邸で、リーベに語った守衛騎士団“ハローワールド”としてのクオリアの役割。それを思い出しながらも、リーベは小馬鹿にするように力なく笑う。


「もう決めてたんだよ。どう死ぬか……今更正しくなんて在れはしないさ。そもそも嘘のようなゴーストっていう延長戦の存在だしな」

「リーベ。お前がゴーストである事と、笑顔を追求しない事は、因果関係として嚙み合いません」


 エスがクオリアの隣に並び立ち、リーベと向かい合う。


「守衛騎士団“ハローワールド”は、お前の笑顔を創る事も役割に含まれます」

「……クオリア、エス。一つ良い事を教えてやるよ」


 その良い事を、悟ったような顔をしながら告げる。


「笑うだけが、幸せじゃない」


 もう人間達は一目散に逃げ去り、大通りには人っ子一人いない。

 ただ大地讃頌ドメインツリーに羽交い絞めにされたまま動かない獣人達しかいない。その空間を一望しながら、リーベは続ける。


「俺はお前達の言う“美味しさ”はいらない。ただ、俺がすべきと思ったことはしたい。俺が欲しいのは、アイナが少しでも壁を乗り越えられる世界だ」


 “壁”についてクオリアは言及しない。

 それが比喩である事と、かつその壁に込められた明確な意味もラーニングしたからだ。


 リーベはふと、隠れて見ていた獣人の兄妹を見た。隠れながらもリーベに正とも負とも言えない感情を向けている。登場した時に、人間のいじめから助けた兄妹だとリーベは理解した。

 兄も妹も、感謝と恐怖を入り交ぜて、それ以上踏み込むか悩んでいる様子だった。


 


「なあクオリア。美味しい笑顔だけが、幸せの証じゃないんだよ。最後に望む消え方が出来るのも、俺は幸せだと思う。ただ誰かの思惑に乗った余生の後だと、特にそう思う。“これだけは”ってのを、達成して満足な死に方だってあるんだ」


 リーベは――アイナの事が無くとも、例えアイナが動機になっていたとしても、獣人の事を考えていた。だからこそ、例えバックドアに煽られた形だったとしても、蒼天党の頭としてけじめを着けるという選択を迷いなく取る事が出来たのだ。


「その場合でも」


 しかし、クオリアは今一つ納得したそぶりを見せない。


自分クオリアはあなたの“美味しい笑顔”の検出を要求する」


 エスも同じく、クオリアと同じ目をして睨んでいた。

 折れない二人に、再度リーベは消えゆく中で笑う。


「頑固な……少年少女の守衛騎士だ」

「守衛騎士団“クリアランス”が到着しました」


 漆黒の甲冑に身を包んだ精鋭部隊の行進。その中心に軽装の性別を少し超えた公爵が一人、唇を付き出して不満そうにしていた。


「ちょっとお。相談の一つもしなさいよ。報連相大事よ報連相。アタシらは後処理班じゃないっつーの」

「理解を要請する。バックドアを捕縛した。また、ほうれん草に関しては使い方を誤っている。ほうれん草は食べ物に分類される」

「見りゃわかるわよ大変よくできました。ほんと好き嫌いが無くていい事ね。後で社会のルールを教えてあげるわ」


 カーネルとクオリアは気絶していたバックドアの前に並ぶ。

 一方で、大地讃頌ドメインツリーが解かれても尚動けない獣人達を、守衛騎士団“クリアランス”が囲む。


「プロキシ団長。この者たちはどうしますか」


 奥から歩いてきた団長が、腕組をしながら指示を返す。


「法に委ねる。一人残らず連行しろ」


 そのプロキシと擦れ違った時、リーベは思わず呟く。

 兜も被っていて、頭上を伺い知ることは出来ない。しかし人間と獣人を見分けるのは、リーベには訳の無い事だった。


「……噂には聞いた事があったが、クリアランスの団長。?」

「……。だがお前のやり方は許容できない」

「プロキシぃ。油売ってないでさっさとやっちゃって。アタシ眠いのこんな夜中に、あーもう肌に悪い」

「……了解」


 そう声を掛けながらも、カーネルはプロキシとリーベの距離が空くまでじっとその方向を見つめた後で、未だ樹木に埋没し気絶していたバックドアに目線をやる。


「エス、アナタその“桜咲クハニーポッド”、逆に意識を回復させることもできるかしら?」

「可能です」

「そう。じゃあやっちゃって。これから楽しい楽しい尋問タイムよ」


 エスの魔石が再び桜色に輝き、バックドアに纏わりついてた樹木から桜を消失させる。ぐるん、とバックドアの眼球に意志が戻り始めた。


 ……再び、破裂しそうな怒りをクオリアは認識した。

 それを不味いものでも噛み千切る様に押しとどめ、クオリアは自身の役割を果たし始める。


「説明を要請する。ウッドホースが隠匿した、残りの古代魔石“ブラックホール”の在処はどこか」







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