第135話 人工知能、ある獣人の最後の役割を見る④
「……何故だ、何故だ、何故だリーベさん!!」
憤怒の感情を目前の三人から向けられているバックドアだが、逆に苛立ちで問い返す。
「あんなに人間を憎んでいたのに……あんたが一番を憎んで、獣人を扇動していたくせに……そのあんたが何故人間と手を組んでいる!? 獣人と人間に壁はあるって、そう言ったのはあんただろうが!!」
「獣人と人間の壁に一番無関心な奴に言われても、空っぽにしか響かないな」
「なに……?」
リーベがその問いに鼻で笑いながらも、敢えて丁寧に続ける。
「獣人と人間の間には、決定的な壁がある。俺の言葉に嘘はない。今でも憎いさ、人間の事は。古代魔石“ブラックホール”で全部滅茶苦茶にしてやりたいくらいにな!!」
「……ならば、何故。何故古代魔石“ブラックホール”を捨てた!?」
「その壁を、妹は乗り越えようとしていた。妹に向かって乗り越えようとしてくれてる人間もいた。このクオリアや、小さな魔術人形も含めてな。生憎俺はそれを知っちまった」
クオリアとエスを交互に差す。
かつては殺し合いをしていた二人を背景に、バックドアと周りを固める獣人を睨みつける。
「だから俺の最後の
「ははは……死に際に血迷いましたか。いやもう死んでいましたか。今更平和の使者気取りとは……獣人はそれでは納得しないでしょう!!」
「そうだ、この裏切り者が。お前の為に死んだ獣人だって沢山いるんだぞ!」
「獣人の歴史を、お前が変えてくれると信じてたのに!」
周りの獣人達の憤懣やる方ない眼がリーベを釘付けにする。彼らもまた、人間を憎む獣人であり、中には心の底からリーベに着いていた蒼天党の獣人もいただろう。
それについてはリーベは何も反論しない。
だが代わりにクオリアが前に出る。
「あなた達の行動には信頼性が無い」
「なんだと? 人間が」
「あなた達が蒼天党として活動したことは、あなた達の選択だ。あなた達は、リーベに低評価を与える権限は無い」
「……まあお前達の非難は最もだ。だが今更人間と共存共栄をしようだとか、そんな事は考えていない。ただ俺の動機が、いつも妹にあるだけだ」
妹の復讐の為に、獣人を動かして王都をひっくり返そうとした。
妹の生存の為に、一人でも王都をひっくり返そうとした。
ただ巻き込まれた側の獣人に対して、リーベは若干猫背になりながら心底申し訳なさそうに口にする。
「お前達の動機も、聞いてやるべきだった」
しかし謝罪の目付きは、すぐさま狂気的な目線に代わる。
「だがバックドア。人間と獣人の壁の見本市がお前だ」
三人の憤怒は、そのままバックドアに向けられていた。
「お前をそのままにはしておけない。俺の妹を傷つけた、てめーみたいなゲボカス野郎はな!!!」
「はーあ」
脱力するようにバックドアが息をする。顔面の傷を抑えながらリーベの顔を睨み返す。
隙間の唇が、何かを呟いていた。
(役立たずが)
そして、周りの獣人の感情を煽る。
「お前ら、裏切り者リーベは許せねえよな」
「おお!!」
「なら、存分に憎悪をぶつけてスッキリしちまえ」
その言葉が皮切だった。
止め処なかった殺意の濁流は一気に暴力へと転じ、刃を月光に翳して三人へ襲い掛かる。
一人一人が屈強な獣人。
獣人は身体能力においては人間を凌駕する。
その肉体能力をフルに動かし、一気に三人との距離を詰め、怒りのままに攻撃を開始するのだった――。
「脅威を認識。無力化する」
『Type GUN』
十数の閃光があった。
数秒遅れて、獣人達の悲鳴が響き渡る。
「うぎゃあああああああああああああああああああ」
肢体のいずれかを撃ち抜かれて、前衛の獣人達が一様に倒れる。風穴の空いた箇所を抑えたまま、蹲って動けない。
クオリアが突きつける銃口に、一瞬獣人達が戸惑う。
その隙が、深緑にさんざめく魔石の発動には命とりだった。
『ガイア』
「
既に発動していた
「あがっ!?」
「なん……動けねえぐぐぐぐぐぐ」
枝の鱗が、獣人達の力尽くを一切無力化して肉体に減り込む。
束縛され持ち上げられていく獣人達の呻き声に呼応して、エスの魔石“ガイア”の煌めきも増していく。完全に獣人達は一網打尽だった。
特に、その中心で締め上げられているバックドアの軋みに注目している。
「ぐあああああ……」
「お前がアイナを意識不明にした獣人である事を再認識しています。お前は、痛覚を更に認識すべきであると判断します」
水面の如く物静かな眼球の奥に、魔術人形が本来得る筈ではなかった憤怒の波紋が広がっている事は誰の眼にも明白だった。
その隣でクオリアも“演算”していた。
バックドアへの仕打ちを。
「5Dプリントによる細胞書き換えにより、神経組織干渉の実行……免疫細胞の意図的な変更による深刻なアナフィラキシーショックのエラーを誘発……」
ほんのわずかな時間だけ、クオリアの演算は異常に満ちていた。
守衛騎士団“ハローワールド”であることも忘れて、“美味しい”も忘れて、ただアイナを生死の境に追いやった憎き存在への復讐を考えていた。
「……異常を確認。“美味しい”が検出されない」
しかしふと見た他の獣人が、明らかに過剰な痛みによって喘いでいる。
辿ってみると、魔石“ガイア”を操っているエスからどんどん“美味しい”が消失しているのが分かる。
我に返った。
エスの肩を優しくつかみ、クオリアは諭す。
「エス。これ以上の攻撃的行為はあなたの“美味しい”の低下につながる」
「……」
「もしアイナがこの状況を認識した場合、“美味しい”の値を検出しない事が想定される。あなたもアイナも、その状況は理想的ではない」
はためく黒髪の下で、エスがようやく瞬きをする。
「……はい。アイナが悲しい事は、私にとっては理想ではありません」
胸の魔石が浅紅色に彩を進化させた。
エスも、我に返る事が出来た結果である。
「魔石“ガイア”によるスキル深層出力“
桃色の花弁が瞬く間に咲き誇っていく。
開いて、開いて開いて開いて、気付けば満開の桜景色が完成した。
その養分は、獣人達の魔力と意識。
「う……あ……」
――それと呼応して、獣人達の瞼がどんどん閉じていく。
「くそ……まだ……こんな所で」
バックドアも最後まで歯軋りしながら意識の喪失に備えたが、吸われていく魔力に比例した眠気には耐えられない。
「畜生……こうなったら……」
だがその間にも、バックドアは謀略を張り巡らせていた。眠るその最後まで、自分が助かる方程式を描いていた。
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