第134話 人工知能、ある獣人の最後の役割を見る③
古代魔石“ブラックホール”の信号の位置と、サングラスの獣人は重なっていた。
バックドア。クオリアはその名前を更に重ねる。
そのバックドアは、屈強にして明らかに脅威判定が出来る獣人達を背にして、遂にリーベの隣に辿り着いた。
「これはこれは守衛騎士団“ハローワールド”のクオリアとエス……王都への全体攻撃の時にはニアミスだったが、君たちの事はよーく存じている。バックドアだ。以後お見知りおきを」
とまるで舞台のお立合いでも演じているかのような佇まいを見せると、途端に馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに冷笑して見せた。
「どうやらウチの頭を直接説得しようと頑張ってたみたいですがー、こんな結果になる事は俺みたいな教養のない馬鹿でも分かる事でー、今更獣人と人間の壁がどうにかなる訳無いでしょう」
「あなたは誤っている。エラー。人間と獣人という分類に、“壁”と定義されていない」
「は?」
「“壁”とは、通行の際に障害となるもの。しかし人間と獣人は、意図した時にコンタクトを取る事が可能だ。人間も獣人も関係なく、互いに脅威になり得る可能性はある。しかし人間も獣人も関係なく、“
煽ったにも関わらず、一切表情が変わらないままブレないクオリアとエスを見て、再度溜息を放つ。
「……興覚めだ。一番嫌いなタイプ。ねえ、リーベさん」
「ああ、そうだ。人間と獣人の間には、紛れもない壁がある。誤っているのは獣人を除けた世界だ。だからこそ俺はその壁を破って、人間が今まで俺達から奪ってきたものを、全て奪い返す」
「……いずれ獣人全体の指導者となるリーベさんの御言葉だ。獣人は、人に従うつもりも、これから仲良しになる事も無い」
リーベの言葉を借りて、バックドアはにやりと笑う。
「……そもそも、人間に尽くしていた獣人の娘も、お前らは随分と酷い最期をお見舞いしたそうだな。ああ――それはリーベさんの妹さんだった筈だ」
「そうだ」
深く息をつくリーベの燻る眼には、煮えたぎる復讐心が宿っている。誰もがそう思い、リーベに釘付けになる。
「人間共は、十中八九晴天教会の人間は、戦えないアイナにあんな殺し方をしやがって……痛かっただろうに、辛かっただろうに」
俯くリーベに、バックドアが寄り添った。
「そうでしょうそうでしょう。アイナちゃんは肺を刺された……呼吸が出来なかったでしょう……窒息死かな? それとも出血死かな? いずれにせよ、さぞかし苦しんだでしょう……折角生きていたのに……折角可愛く育ってくれたのに……人間共が、人間共がさぁ!」
煽る。只管にバックドアは煽る。
リーベという蒼天の炎を、悉く煽り続ける。
王都を超えて、王国すら巻き込むくらいに煽りまくる。
その上で、懐から古代魔石“ブラックホール”を差し出すのだった。
「さあ、この古代魔石“ブラックホール”を使うのです。そしてこの王都に住まう人間共に思う存分、やっちゃいなさい」
怨念は仕上がった。
そう不敵に微笑むバックドアは、リーベの右手に古代魔石“ブラックホール”を置くと、今度はクオリア達を睨みつける。
「と……いきなり邪魔がいますね。ですがご安心ください。僕が獣人に声をかけておきました。蒼天党の獣人もいますよ」
バックドアがアイコンタクトで周りの獣人達をけしかけると、その筋骨隆々の巨体でクオリア達に迫る。確かに“暴力の精鋭”のみを揃えたようだ。
『Type GUN』
「脅威と認識。無力化する」
『ガイア』
「脅威の殺害行動を開始します」
一人一人の実力は高い。クオリアもエスもそう判断した。
だからこそ容赦なく、それぞれの最適解に従って戦闘を開始しようとした直前だった。
リーベがバックドアの頭蓋を鷲掴みにするのだった。
「えっ?」
当然、唖然としたのはバックドアだけではない。周りを固めていた獣人も、信じられない物を見る様に目を丸くする。
「……一つ聞く。何故アイナが刺されたなんて事をお前が知っている。それも肺をよ」
憎悪に満ちた瞳。クオリアとエスは何度も見た。
しかし、もう二人には向いていない。
怨念の怒りは、同族の筈の獣人に、バックドアに向けられていた。
「流れていた噂では、アイナが
「あ、いや、それは……ぎゃあああああああああああああああ!!」
そのまま爪で引き裂く。サングラスごと、バックドアの顔面に三本の亀裂が走る。
「ごふっ……」
血を噴き出しながら、地面に蹲るバックドア更に蹴り上げる。
それだけでは足らず、リーベは吠えた。
「やっぱり、アイナを刺したのはお前か。バックドア!!」
リーベは空いた手で、古代魔石“ブラックホール”を投げた。
それをキャッチするや否や、クオリアはハッキングを開始した。
「古代魔石“ブラックホール”を確認。無力化する」
「なっ、何だと……!?」
信じられない獣人から人間への古代魔石譲渡に言葉を失っている内に、古代魔石“ブラックホール”はただの石と化したのだった。
それを見て、バックドアは全てを悟る。
「……獣人の裏切り者だ! リーベを消せ!!」
「今の行動は……確かにそういう事だよな……! 人間に魔石を渡しやがった!」
同じく状況に飲み込まれそうになりながらも、一番近くにいた獣人がその巨剣を振るいあげる。だが直後、一体の獣人の右腕を
「うああああ……!」
目前で転がる獣人の向こう、リーベの両隣に二人の影が位置する。
「エス。さっきお前は聞いたな。俺の役割が何なのかを」
左に佇んだ魔術人形は、その答えを聞く。
「……結局、蒼天党のリーダー。もう俺にはこれしか残っていなかったよ」
「はい。お前の役割は蒼天党のリーダーである事を再確認しました。だからこそ、先程私はお前に攻撃をしました。お前がバックドアの出現を促す儀礼を提案していましたが、それは関係ありません」
「ああ。その動機の方がお前らしい――改めて紹介する。あれが俺の妹を傷つけた、刺した、意識を奪った、命も奪うかもしれないゲボカス野郎だ……!」
憎悪めいた声に呼応して、エスが視界に捉える。
「はい。ゲボカス野郎を認識しました」
バックドアをその呼称と結びつけながら、エスは思考の中に澱みを感じた。このバックドアを殺せと、自分の中の何かが呼びかけてくる。
それに従うでも抗うでもなく、エスはバックドアという一点をただ見つめ続ける。
それは、クオリアも同じだった。
「予測修正、一点を除いて無し。バックドアの出現を促す虚偽の敵対的行為によるタスクの完了を確認」
「一点を除いて?」
「それはあなたが、過剰に自身の行為に低い評価を行った事だ。今回の虚偽の敵対的行為に、あなたがあなたを、蒼天党を貶める事は、予定として含まれていなかった」
「……悪いな。もう決めてんだよ、どう死に直すか」
説明の要請が、クオリアの回路を過る。
しかしそんな冷静な判断も超えて、ただ目前にいるバックドアに意識が向かう。
押し寄せる激情。
アイナが血の海に浮かぶ悲劇の記憶。
感情とトラウマがノイズの津波となって煽るが、クオリアの口からは守衛騎士団“ハローワールド”としての役割全うの意志が溢れた。
「現在の最優先タスクはバックドアの捕縛と認識。最優先のタスクの実行に移る」
人間。
魔術人形。
そして獣人。
三人の会話を見て、茫然自失としながら顔を抑えるバックドア。
バックドアは先程口にした。
“リーベが裏切った”、と。
それはもう一つの意味を表すことに、今更気付く。
「……リーベ……人間と組んだ、だと……」
「ああ、狙い通り釣れたな……アイナを傷つけた真実って奴が」
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