第133話 人工知能、ある獣人の最後の役割を見る②
蒼天党のリーダー、リーベの最後の焔を、クオリアは目撃した。
全世界の悪を背負って立とうとする、魔王の如き佇まい。
国家転覆を目論んだテロ組織の長として、破壊された痕跡の中心で笑っているのだった。
勿論その笑いは、“美味しい”とは程遠いものだった。
そんな獣人を見て、クオリアは一つのエラーを冒した。
5Dプリントによるフォトンウェポンの精製を行わなかった。
「どうしたクオリア。俺は生きているぞ。いや、ゴーストとして死んでいるぞ。何故戦おうとしない?」
「理解を要請する。あなたの行動は誤っている。あなたは不当に破壊活動を実施しているだけだ」
「それがどうした。人間の文化などしゃらくさい」
リーベの姿が、全ての認識から外れた。見えない聞こえない触れない。
一方でクオリアはラーニングした通りに僅かに前へずれる。それだけで地を破壊する程の爪撃は空を切る。
クオリアはリーベがいるであろう方向に声をかける。
「先程、あなたの信頼度を下げる様な発言が聞き取れた。あなたは虚偽の報告をしている。あなたは獣人に対し、獣人の価値を下げる様な行動を取る事はしない。これまでのラーニングの値と、完全に異なっている」
「言ったはずだ。俺はアイナへの復讐の為に今日まで存在してきた。そしてアイナは生きていたが、結果はどうだ? あんな様だ……人間を信じた俺が馬鹿だった」
「魔石“ガイア”によるスキル深層出力、
大通りに亀裂が走った。
直後、しなやかで強靭な無数の枝が出現し、大樹が遅れて浮上する。
「あなたの役割を認識しました。私はあなたを殺害します。私達の目的を果たすまで、何度でも。それが私の役割です」
「……来やがれ、守衛騎士」
縦横無尽に振るわれる無数の枝と、獣人の怨霊が何度も激突する。
リーベも一歩も引かない。エスも一歩も引かない。
王都を転覆せしめようとした最上級の犯罪人と、魔術人形の少女の衝突は続く。
エスの表情は、今までと変わらない。
恐れも、怯えも、迷いも表情に反映されることなく、ただ敵とみなしたリーベを怪樹の鞭で迎撃する。
ただしディードスに飼われていた頃と違うのは、僅かに籠った眼の力と、強く握られたその右手だ。命令も無く、ただ平和を邪魔する障害を破壊しようという彼女自身の意志が宿っていた。
「……攻撃を受けました。軽度です」
エスの疑似肉体が僅かに裂かれ、一歩後ろへ退く。
一瞬の隙。それを突かんと、リーベが駆け抜ける。
しかしエスも魔石を緑に燦然と煌めかせ、一層巨大な
二つの攻撃が重なった交点に――クオリアは佇む。
『Type SWORD』
「リーベ。あなたの攻撃的行為の停止を要請する。要請に応じない場合、あなたを脅威と分類し……排除する。あなたが停止するまで、何度でも」
クオリアが伸ばした
僅か数センチずれて、リーベの首元に翳されていた。
検知も認識も出来ない、空気にしか見えないその空間で、リーベはふっと笑う。
「……迷ってんじゃねえ。今更説得しても無駄なのは分かってるだろ。斬れ、斬ってみろよ」
「……」
「それが、お前の役割のはずだ……! 守衛騎士団“ハローワールド”!」
「……状況分析」
演算を繰り広げるクオリアに対して、リーベは最早隠れない。
リーベは、ここにいると。
「俺は、蒼天党のリーダー、“リーベ”だ。それが、最後まで俺の役割だ!」
何も見えない筈の空間に、ラーニングした筈の予測に、突如鋼鉄の樹が見えた気がした。それは曲がりもしない、折れもしない、どこまでも芯の通った最硬の強度を誇っている。フォトンウェポンでも融解しきれないような、心を見た。
最後の、輝きだ。
「あなたの言葉は、信頼度を回復させた」
「……なに?」
「また、判断する。これ以上の戦闘行為は必要ない」
そう言うと、フォトンウェポンを明後日の方向に投擲する。
円を描いて回転していた
更にクオリアとエス目掛けて飛んでくる巨岩の軌道を即座に計算し、エスの小さな体を抱えて全てかわし切る。
「――助けに来ましたよぉ。リーベさん」
その方向から無粋な足音が多数聞こえる。
晴れ始めた砂煙の影は、リーベに向かって歩いていた。
「クオリア。説明をお願いいたします。今はどういう状況ですか」
複数人。かなりの人数だ。
それも全員、武装した獣人で構成されている。
「古代魔石“ブラックホール”の
事前に聞いていた特徴と一致した、サングラスの獣人をクオリアは視界に捉えた。
『Type GUN』
「バックドアを排」
一瞬、血塗れのアイナを想起した。
途端、演算回路を熱くさせる正体不明の炎が、クオリアの中に宿る。
マインドを殺した獣人を排除した時と同じ溶岩が、クオリアの感情を支配し始める。
これが“復讐”の感情だと、クオリアはまだラーニングしきれていない。
「――無力化の後、捕縛する」
しかし、クオリアはまだ冷静な演算経路を保ち続けている。
淡々と、いつも通り状況を分析した結果を呟く。
「……また、一つのタスクの完了を確認」
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