第131話 人工知能、蒼天党の頭の決断を聞く②

「“頑張、れ。頑、張れ。頑、張、れ”」


 クオリアはリーベの隣で、アイナにずっと声をかけ続けていた。

 リーベはもう、人間がアイナに声をかける事を止めようとは思わない。

 不器用な口調でも真摯なクオリアの横顔に、落とす断頭の刃は存在しない。


「……蒼天党に、マインドという男がいた」


 クオリアは応援の口を止めて、リーベの言葉を聞いた。


「“こんな方法しか無かったのか”。マインドからはそう言われた。丁度今俺も、そんな風に思っていた」

「認識。マインドという個体を、自分クオリアは深く理解していた」


 最後に“美味しい”を見つけて、そのまま死亡した獣人だった。


「マインドは、生命活動停止の直前に、あなたの言う“こんな方法”以外の方法を発見したと推測される」

「……そうか。残念だ。その方法とやらを教えてもらいたかった」

「仮説。その方法は、アイナからラーニングが出来る」


 クオリアはアイナの頬を摩りながら、その寝顔に笑顔を重ねる。


「アイナは、“夢”に分類される目標を持っている。食事を提供する店を作り、疲労、損傷した人間に“美味しい”を与える。その内容の夢を実行しようとしている」

「……ふ、はは」


 リーベは笑った。馬鹿にしているのではない。

 懐かしそうに、笑うのだった。


「変わらないな、アイナは。アイナの料理、美味しかったからな」

「だから自分クオリアは要求し続ける。アイナの意識が回復する事を。そしてアイナの夢も、アイナの生命も、二度と損傷させない事を最優先とする」

「……人間を捨てて、でもか」

「それはアイナとの“約束”で禁足事項とされている。しかし」


 クオリアの口が固まる。モノクロの表情に、どこか陰が見える。


「……説明を中断する。この世界には、敵対的脅威が非常に多い。アイナが獣人である事を理由に、夢の実行の障害になる脅威も現れる。それは、“美味しい笑顔”の否定に直結する」


 アイナが倒れて、こんなにも悲しむ人が多い。

 クオリア自身も今でさえ、演算にノイズが走り続けている。

 何より、アイナ自身が“美味しい笑顔”にならない。


 クオリアの演算は、今現在目の前で進みつつあるアイナの永続的な生命活動停止の可能性に対して、酷く恐れていた。


「しかも、その脅威はどこかの兄が連れてきちまった獣人だ」


 リーベは自嘲して、眉を顰める。


「俺が……あの時動機を聞いていれば、良かったのだろうな」

「説明を要請する。それはどういう事か」

「蒼天党の頃は、俺は戦う理由を聞くことはしなかった。獣人が戦う理由に意味なんてない。ただ人間から玉座を奪い取る意志さえあれば、それでよかった」


 蒼天党として欝憤をため込んでいた獣人の目前に立った時、その事を公言した。

 その公言はパフォーマンスという意味だけではない。本当にそう思っていた。

 獣人が人間を襲う理由など、決して明るいものではないからだ。


「敢えて聞かせてくれ。クオリア。守衛騎士団“ハローワールド”として、お前は何故戦ったんだ?」

「守衛騎士団“ハローワールド”の役割は、“美味しい顔笑顔”を創る事。あなたの行動、即ち蒼天党の行動は、多くの“美味しい顔笑顔”を奪う物だった。それは人間である事、獣人である事を考慮しない」

「夢みたいな動機だな」

「肯定。自分クオリアはそれを自分クオリアの夢としている」


 まるで用意されていたかのような、色の無い口調。

 しかしだからこそ、リーベにはその夢物語をすんなり受け入れる。

 その夢に向かって本気で邁進しており、だからこそ蒼天党と戦ったというクオリアの心情が、少し眩しかったからもしれない。

 

「なあ、アイナ。俺は、そんな奴と戦っていたのか。お前は、そんな奴と一緒に居る事が出来たのか」

「説明を要請する。あなたの夢は何か」

「死人にそんな事聞くなよ。どいつもこいつも……けどな」


 リーベの体が更に透き通る。

 リーベの背中を彩る暗黒物質が少しずつ小さくなっていく。

 

「最後にやっておきたい馬鹿なら、今決めたわ」

「戻りました」


 エスが部屋に戻ってきたと同時、リーベは立ち上がる。

 クオリアは挙動の変化を感じ、リーベの状況を再ラーニングし始める。エスの警戒も、魔石の明滅に現れていた。


「クオリア。エス……いや、守衛騎士団“ハローワールド”」


 リーベはアイナに背を向ける。

 そして目を瞑り、脳裏で諫めるマインドを思い返す。


「悪いなマインド……けじめ、付けなきゃいけねえからな。これが俺が最後に選んだ馬鹿方法だ」


 もしかしたら、マインドが生きていたら、また言うのだろう。

 『そんな方法しかなかったのか?』と。

 それに対して、リーベはこう返す。


「バックドアを捕まえたいんだったな。だとすれば、貴様らは獣人に仇なそうとしている。なら、俺はお前達と戦わなくてはならない。それが俺の役割だ」

「説明を要請する。あなたは一体何を意図しているのか」

「……俺は蒼天党の頭、リーベ。このアカシア王国の敵だ。

「認識しました。それがお前の役割ですね」


 エスの顔から、迷いが失せた。

 クオリアは、まだ何も判定を出せていなかった。





 最後のが開始される直前、リーベは口にした。


「アイナ」


 後ろで眠っている妹の寝顔を見る事も、もう無い。


「お兄ちゃん、最後の馬鹿をしに行ってくるわ」




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