第125話 人工知能、復讐心をまだ自覚しない

「うーん。流石に状況説明が欲しいわね。リーベの信号をキャッチしたけれど、一瞬だけ物凄い遠くにいたのよね。それがすぐにロベリア姫のおうちに来たじゃない? そしたら第零師団が全員戦闘不能になっていて、お邪魔したら蒼天党のリーダーがいるじゃない? 極めつけにクオリアがさっきまで二人もいた。これどういう事?」


 守衛騎士団“クリアランス”と共にやってきたカーネルが、ロベリア邸の中で両肩を竦めたのは、それから10分もしない内だった。

 ただし、カーネルが指摘した疑問と異なる点として、クオリアは今一人だ。

 一旦“解放した0.1%のシャットダウンの力”はオフにしている。


「説明する――」


 クオリアはその質問全てに、回答する。

 第零師団の暗殺者達が迫っていた事を。

 同時にリーベが49km離れた地点に出現した事を。

 解放した2つのオーバーテクノロジーを。

 第零師団の暗殺者達をスピリトと協力し全滅させた事を。

 そしてリーベがアイナの一番近くから動かない訳を。

 

 そんな事を、リーベと共にアイナの昏睡顔を見つめながら口にするのだった。


「クオリアちゃんの説明は要点と事実だけだから分かりやすいわ……アナタの隣にリーベがいる理由も、よーく理解できたわ」


 クリアランスの少数の騎士を廊下に置いて、カーネル一人が座り込んでいたリーベの真後ろに立つ。腰に挟んでいたカーネルの得物であるナイフを抜く。


『Type SWORD』

「攻撃的行為の停止を要請する」

 

 荷電粒子ビームの刃までは生成していなかったにしても、クオリアの握る柄が一体何のためにあるのか。それを問う人間はいなかった。

 勿論、カーネルもそのフォトンウェポンがどれだけ恐ろしい武器かは把握している。それでも一切佇まいを変えることなく、ナイフと細い目をリーベに向ける。


「別に攻撃はしないわよ。私達クリアランスと一緒に、彼が大人しくお散歩してくれればね」

「今はリーベを連れていくべきではない。リーベの最優先のタスクは、アイナに声をかけ続ける事と判断する」

「ごめんなさいね。可愛いメイドちゃんには悪いけど、それを理由に連れて行かないなんて事にはならないの。ここにいるのは獣人を扇動し、獣人によるテロを起こした蒼天党のリーダー。本当だったら、一族郎党皆殺しよ? そこんとこ、学習してる?」


 と、意識が回復しないアイナに目を向けるカーネル。

 この流れは、人工知能ではなくとも予想できた。

 王都を混乱と殺戮の渦で攪拌した第一級犯罪者を見逃す程、カーネルの意志は軟ではない。


「まあ問題はゴーストの処刑方法が分からないって所なんだけど……ただ、古代魔石“ブラックホール”の隠し場所に繋がる情報を持っている可能性もある。王都の命運がかかっている状態なの、ここは連れて行かせてもらうわよ?」

「いいだろう」


 短く答えたのはリーベだった。


「ただ、古代魔石“ブラックホール”の在処は分からない。使えるのは、に一区切りをつけるための磔として、ぐらいだと思うがな」

 

 リーベが自嘲したその時だった。

 クオリアもカーネルも、その有様を見た。

 濁った水が浄化されていくように、背後の暗黒物質もろとも光に包まれながら、だんだん透き通っていく事に。


「アナタ……」

「俺を処罰したいなら、俺から何かを聞き出したいのなら、急いだほうがいい。俺は、もう間もなく消えるだろう。首を落とされた筈の俺が今一体何なのか、ゴーストなのかそれとも魔物なのかすらも分かっていないが、自分のタイムリミットだけは理解できている」


 リーベはアイナの寝顔に、力ない目をやりながら続けた。


「アイナがこうなった原因は、俺だ。アイナの胸を刺した奴は、蒼天党の獣人だったかもしれない。それを考えるようになったら、俺のという奴が、役割を終えちまったらしいな」


 リーベがゴーストとして現生した理由は、アイナを失ったという絶望からだった。

 結果としてアイナは生きてはいたが、それでもアイナの命が奪われるのではないかという不安が、リーベをゴーストとして留まらせていた。

 

 しかし、蒼天党の人間であったバックドアがアイナを殺したかもしれない。

 今目の前でアイナが昏睡状態に陥っている理由は、自分が作った蒼天党にあるのかもしれない。

 リーベ自身のせいで、アイナが生と死の狭間に置いてかれた。


 アイナの復讐を晴らす為に、アイナの生存の為に彷徨っていた怨霊が、結果的にアイナを傷つけた。

 この自己矛盾は、ゴーストにとって致命的だった。

 ゴーストの基である感情の揺らぎは、即ち存在の有無に直結する。


「……なら聞き出してあげる」


 決まりが悪そうに一度溜息をして、カーネルは問いを投げる。


「あなた達に古代魔石“ブラックホール”を流出させたのは?」

「守衛騎士団“トロイ”だ。古代魔石“ブラックホール”を調達してきた獣人が、トロイの総団長であるウッドホースと話しているところを見た」

「その獣人は?」

「バックドア」

「そのバックドアは今どこにいるの」

「分からん。上層に特攻を仕掛けるときに別れて、それっきりだ」

「バックドアの特徴を教えなさい」


 狼の耳。黒のくしゃくしゃ髪。常にサングラスで隠しているが、黄土色の三白眼をしている。リーベよりも少し年齢が上の青年。体格はクオリアと同じくらい。

 リーベの口から、するするとバックドアの特徴が発された。

 仲間を庇おうという意志は、微塵も見えなかった。


「その為、バックドアの位置について検索する事を、次のタスクとする」


 クオリアが口を挟んだのは、クオリア自身もバックドアの外見的特徴をラーニングした時だった。


「バックドアを見つけて、どうするの?」


 クオリアは、淡々と解を返す。

 アイナのどこか苦しそうな寝顔を見ながら、淡々とした表情で。


 ……両手の拳を固めながら。


「古代魔石“ブラックホール”の位置、守衛騎士団“トロイ”との関連……アイナに殺害行為を実行したかを確認する」

「それだけ?」

「肯定」


 一泊を置いた。

 まだクオリアの両手は、限りなく圧縮されていた。

 その掌の中に、どの心を宿していたのかは、クオリア以外には見て取れた。


「であればいいけど……私は今回に限れば復讐行為は悪とは思わないわ。バックドアも蒼天党の重鎮であり、更には古代魔石を流出させた張本人であるとするならば、超法規的に即殺害も止むを得ないでしょう」

「エラー。“復讐”という単語は登録されていない」


 腕組をしながらカーネルは続ける。クオリアの未知は一旦無視する。


「でもね、それだとアナタが求めるものは、手に入らない。猫耳メイドちゃんの事を真に考えているなら、今アナタが何をするべきか、それを常に再考する事ね」

「エラー……あなたの発言、理解できていない」

「その内分かるわよ。一つアドバイスをあげる。もし自分を見失いそうになったら、空を見なさい。昼なら青空。夜なら星空。ただ見るだけでいい。自分を見失わせていた雲が、ちゃんと晴れるまで」


 その発言の真意をクオリアに教えないまま、リーベの首根っこも掴まないまま、ナイフも鞘に納めてクリアランスごとカーネルはその寝室から退出する。


「いいんですか?」


 クリアランスの騎士が怪訝そうに口にするが、カーネルは徐々に消えゆくリーベの後姿を一瞥するだけだった。


「もう彼はギロチンにかけられた咎人。ギロチンってのは、二回も振り下ろせる仕組みになっていないのよ」


 更に同じく遠巻きにクオリアとリーベを見ていたロベリアと、カーネルが擦れ違う。 


「第零師団の生き残りは貰っていくわよ。いい加減トロイごと、根絶させたいからね」

「いいよ。もう聞きたいことは全部話してくれたし」


 ロベリアは壁に背を預けながら、疲労で凝り固まった肩を竦める。


「正直、ロッキーって師団長が案外忍耐力無くて助かったわ。クオリアが改竄クラッキングを行う前から、ロッキーって師団長、全部ぶちまけちゃったもの。ウッドホースが関わってるって証言」

「ロッキーねぇ。あれは所詮、承認欲求だけの紛い物だったって事ね」


 ロベリアは既に、ウッドホースが古代魔石“ブラックホール”ならびにロベリアへの暗殺指示を出していた証言を掴んでいた。

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