第115話 人工知能、シャットダウンの力を0.1%だけ解放する②

 直ぐにスピリトがクオリアの腕を捕まえた。更にエスも駆け出してクオリアの裾を掴む。ロベリアもここまでは想定していなかったのか、言葉を失う。


 まだ、その赤い瞬きが兵器回帰リターン機構によるものだとも説明していないし、兵器回帰リターン機構が人間から兵器に戻る為のものだとも説明していない。


「クオリア、それは止めな」

「……嫌な予感がする。それが何かを発動すると、クオリア君が人間に戻れなくなるような」


 しかしただ光を見ただけで、危険だと察する事の出来る何かがあったのかもしれない。この兵器回帰リターン機構は――そもそも人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”は人間がいる事を想定して作られていないから、そのようなイレギュラーがあっても然るべきなのかもしれない。


「クオリア。それはお前が、人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”に戻る為の機能と推定します」

「……これが!?」

「肯定します。昨日シャワーをアイナから学習した際に、アイナが発言しました」


 ロベリアもスピリトも、クオリアが“人から兵器に戻ろうとしている”という話は聞いていた。普通で考えれば幻想もいい所の御伽噺としか思えないが、そう切り捨てるにはクオリアがここまでオーバーテクノロジーを展開しすぎた。異世界のオーバーテクノロジーを、ロベリア達は見すぎた。

 合理性を重視するクオリアが、自らの肉体を鉄の怪物に戻してしまう事も、心のどこかで想像できた。


 エスが無表情ながらも、有無を言わさぬ圧力を一番小さな体から醸し出す。


「クオリア、私はアイナを悲しませる事は許可しません。何より私に“人間”を教えてくれたお前が、人間でなくなることは許可しません」

「本当にどうなるか分かってはいないけどさ……マジでやめようよ。私、感覚でしか物言えないけど……古代魔石よりやばい匂いがする……」


 恐れが、スピリトが握りしめる服から伝わる。

 聖剣聖とは思えないか細い力を、クオリアは検知した。


「……君が人間で無くなるなんて、私はやだよ」

 

 全員、アイナと同じ反応をしていた。ただ肉体ハードウェアを入れ替えるだけなのに、それが最適解なのに、“ハローワールド”たる守衛騎士としての役割を遂げるには一番なのに、その選択を否定する。

 皆、クオリアが鉄の塊になる事を恐れている。


 人工知能にとっては、非合理な誤っている選択だ。

 しかし、クオリア自身はどうしてもそう思うことは出来ない。

 今ベッドで横たわっているアイナの顔を見たら、猶更そう思う。


 きっとアイナが起きていたら、真正面から思いっきり抱き着いて止めた事だろう。

 心臓の鼓動とくんとくんを思い出させてくれたことだろう。


 そんな事を思いながら、アイナにも言い聞かせるように、眠る彼女の顔を一瞥して口にした。


「自分は、人間であり続ける。それはアイナと“約、束”した事だ」

「ホントだね? ホントなんだね?」

「あなた達の言う通り、この兵器回帰リターン機構は人型戦闘用アンドロイド“シャットダウン”としてのハードウェアを取得するものだ。しかし今回はこれを限定的に作動し、2つのシャットダウンの機能をインストールする」

「……」


 誰も理解できない。

 実際、クオリアも本当はどうなるかは完全に保証し切れていない。そもそも兵器回帰リターン機構はまだプロトタイプであり、完全に作動してもシャットダウンそのもの戻れるかどうかも不明なのだ。

 それを、本来想定されていない限定条件での発動を決行しようとしている。


 第零師団の排除と、リーベへのコンタクト。一人では果たせない二つの物事に対応するための機能を、インストールする為に。


「……怖いんだよ。私達は。君がどっか、人間じゃ届かない所に行っちゃうんじゃないかって」


 ロベリアがぎこちない表情を浮かべる一方で、スピリトもまた納得していないように自らの剣に触っていた。


「クオリア……私はこれでも聖剣聖だよ。私は大事なものを失わない為に、この剣を極めたんだ……だったら、ここは私に任せてよ。私はこれでも、君の師匠なんだよ」

「お前の“美味しい”がなくなる懸念があります。再検討を要請します。私がこの空間を死守します」


 エスも、クオリアの裾を離そうとしない。


「私はアイナに要求されました。“ハローワールド”の役割を果たすとき、あなたと共に戦って欲しい、と。あなたの心を見て、あなたに私の心を見てもらってほしい、と」


 勿論、クオリアは理解している。スピリトもエスも、自分より強いと。だからこそここは二人に頼るという手もあったのだろう。

 しかし、クオリアはアイナの横顔をもう一度見る。

 血塗れのアイナを、追想する。


 もうあんな思いは、嫌だ。

 その気持ちが強く上回る。


「あなた達の事の信頼度は高い。しかし信頼する事と、守らない事は同義ではない。あなた達を信頼するからこそ、あなた達にアイナと同じ状態になってほしくないからこそ、自分クオリアは、自分クオリアに要求する。あなた達四人の“美味しい”を、守る事を」


 クオリアは、自分に人間であることを望む少女達へ、約束する。

 それはクオリアが心の底で自分の望む、“美味しい”を味わい続けるための要求だった。


「あなた達に再度約束する。自分クオリアは人間の肉体であり続ける」



Type SHUTDOWN Process 0.1%


 まるで再起動を促すように、兵器回帰リターン機構が鳴る。



「クオリ――」


 ロベリアが手を伸ばす。

 しかしその手がクオリアを掴む前に、クオリアは信号を口から放つ。


 かつて破壊と混迷を極めたオーバーテクノロジーを蹂躙した兵器へ回帰し、この魔術世界を凌駕する最初の一歩を。


 

兵器回帰リターン



 クオリアの頭上に、環が出現した。


 それは、夜が凝縮されたようで。宇宙そのものが凝縮されたようで。

 古代魔石“ブラックホール”の漆黒よりも、どこか色が無くて。

 とても命や心では出し尽くせないような、兵器らしい色無き黒だった。


「……!?」


 少女達には見えた。

 


「わっ……!?」


 しかしそのサブリミナルも、全員瞼を瞑ってしまい消え去った。

 クオリアを上から押し潰す様に降りかかる。


 衝撃で、空間から音が消え去る。

 世界が潰れたと錯覚するような力にも関わらず、密着していたスピリトもエスも僅かに吹き飛ばされたのみだ。後はカーテンがはためいたのと、アイナの髪がふわっとはためいた事くらいだった。


 まだ、クオリアは人間だった。

 黒い人型兵器シャットダウンではなかった。

 

 ただ、クオリアの頭上を、宇宙の環が飾っている。

 加えて、シャットダウンとしての回路が備わっていた。


 クオリアの両頬に線が一つずつ走っている。

 眼から、頬にかけて。

 小さな川の様に、涙の様に。


ExecutionエグゼキューションTeleportationテレポーテーション

「マップ、ロード中。これより1つ目の機能である“テレポーテーション”を実行する。同時に2つ目の機能である――」


 実行したExecution

 テレポーテーション Teleportationを。




 から数秒後、第零師団の第二波が押し込んできた。

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