【書籍版2巻発売中】異世界の落ちこぼれに、超未来の人工知能が転生したとする~結果、オーバーテクノロジーが魔術異世界のすべてを凌駕する~
第114話 人工知能、シャットダウンの力を0.1%だけ解放する①
第114話 人工知能、シャットダウンの力を0.1%だけ解放する①
「よりにもよって……この、タイミングで?」
まず歯軋りをしたのはスピリトだった。疼いた左太腿の古傷を抑える。
スピリトの言う通り、タイミングが今は悪すぎる。第零師団という暗殺者が跋扈しているこの状態で、リーベを追う余裕は無い。
一番アイナの近くにいたエスも、そんな自らの状況を理解していた。
「クオリア。お前は現在、リーベを追跡するべきではありません。現状の打破が最優先です」
「そうよ。いくら何でもリーベは今放っておくべきよ! そもそも今、この建物から私達出れるか分からない状態なのに」
エスの意見に、スピリトも賛同した。
今はリーベに人力を割く余裕は無い。それどころではない。クオリアもタスクの優先順位は痛い程理解していた。
「状況分析」
しかし、クオリアは演算する。
最適な未来に向けて、シャットダウン時代には無かった演算だ。今この場を切り抜けるだけではない。切り抜けた後の世界も想像する。
そして未だ意識の宿らないアイナを見て、その判断結果を口にした。
「早急にリーベとコンタクトを取る必要があると判断する」
しかしクオリアが下した判断は、エスやスピリトとは真逆のものだった。
怪訝そうに目を向けてくるスピリトに向けて、訊かれずとも説明を続ける。
「もしリーベがアイナの状態を認識した場合、非常に大きな攻撃的行為に移る可能性がある。その場合、多くの生命活動が停止される可能性がある」
「……確かに。あのリーベがアイナの事を知ったら」
クワイエットゴーストになったリーベから伝播した恐怖を追想しながら、スピリトが目を瞑る。
「これまで出現しなかったリーベが出現したという異常なパターンからも、その可能性が伺える。そして、そのような攻撃的行為をする事は、リーベを脅威へ引き戻すこととなる」
「クオリア。説明をお願いします。それはどのような意味ですか」
クオリアの口が一瞬固まる。読み込み時間が長い。
その解には、まだ人工知能として理解し切れていない所があったからだ。
けれども、人間の思考として出てきてしまった懸念である。
「……リーベはアイナとのコンタクトにより、その脅威度が薄れてきている……しかし攻撃的行為を再開する事により……リーベはまた脅威としての行動方針に戻る可能性がある……アイナとのコンタクトによる効果が無くなる可能性がある……」
「後戻り出来なくなるって事ね」
「肯定」
ロベリアの補助を受けながら、クオリアは言い切った。
折角狂人から元の優しい兄に戻りつつあるのに、また復讐のきっかけを与えてしまえば、もうリーベは戻らない。不死身の、破壊と死をまき散らす怨霊のままこの世を彷徨う事になる。
「クオリア君。確か"3時の方向、49kmの距離”だったわね」
ロベリアがクオリアの検知結果を反芻する。「肯定」とクオリアが答えると、ロベリアが思案するように顎に手をやる。
「……あの辺り、人は住んでる。でも騎士は来れないかも」
「どういう事?」
「何でかってあの辺り、"晴天教会”が拠点としている村なのよ」
「晴天教会の信者達が集まって暮らしてるって事?」
「そう。だから
「でも、今
「誰も守る人がいないって訳」
「また、晴天教会に属する人間をリーベが認識した場合、過剰な攻撃的行為に出る可能性は大きい」
誰も“げに素晴らしき晴天教会”に良き思い出を持っている者はいない。
それでもまた一つ一つの生命であり、助けに行かずに見殺しにすることは“ハローワールド”の信条に反する。
何よりリーベは晴天教会の人間を目の敵にしている。自らを斬首し、妹を痛めつけた晴天教会を何よりも憎悪している。
憎悪に駆られて、反射的に殺戮する事だってあり得る。
そうしたらもう人の命は戻らないし、リーベの心は戻らない。
「でもね、クオリア君。二兎追うものは一兎も得ず。人間は同時に二つの事を解決することは出来ないんだよ」
さりとて、人工知能はまさに死の渦中にいる。
“美味しい”を土足で踏み躙る暗殺者に、囲まれている。
いくらスピリトが自分より実力があるとはいえ、エスが空間制圧に長けているとはいえ、この四人を置いて一人どこかに行く事はクオリアにはできなかった。
クオリアの前には、その二つの絶対的なタスクが転がっている。
人間である限り、一度に発揮できるパフォーマンスは一つだけだ。
人間である限り。
「理解を要請する。
クオリアは、その最適解通り起動した。
「故に、
『Type SHUTDOWN Process 0.1%』
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