第113話 人工知能、暗殺者と戦う②

「があああああああああああああ!」


 神経を改竄され、死が救済に見える激痛で地を這う刺客へ、クオリアは尋ねる。


「あなたがその状態を回避したい場合、あなたの所属と、あなたの所属する集団でこの建物を襲撃しようとしている個体数、あなた達の標的、指示元は誰か、攻撃手法の説明を要請する」

「いや、本当に、俺らは、何も……」


 刺客の汗、皮膚、微細な部分までクオリアはインプットする。

 その目玉でて、て、て相手の値を検出する。

 クオリアの中にある嘘発見器が、アラートを起こす。


「虚偽の内容を認識」

「あびゃああああああああああああああああああああ!!」


 無慈悲に5Dプリントが迸り、傷を抉るように神経細胞を暴走させる。


「あなたの肉体情報は既にスキャンされている。その為、虚偽の内容を発言した場合の挙動もラーニング済みだ。よってそのパターンに当てはまった場合、虚偽の内容を報告していると判断し、加重の処理をする。

「……」


 ロベリアとスピリトには、その背中がいつもと違って見えた。

 どこか時間が無いと焦っているようにも見えた。


「わ、わか、わかっらああああああ! 俺達はロベリア姫の言う通り、第零師団だあああああだああああああ」


 激痛の雷鳴の中、白目をむきながら第零師団の刺客はようやく口にした。

 

「がぁ……数は俺含め、18……ロベリアの暗殺を、トロイのウッドホースに指示されて……他の奴らの攻撃手法は分からねねねええ……皆思い思いに、やるからららら」

「……信頼度は高いと認識。神経への肉体ハードウェア改造から状態を|リストアする」


 どうやらこの男からロードできる情報はここまでのようだ。

 クオリアが再び5Dプリントの光を放ち、黒衣をなぞる。神経の異常を修復した。

 激痛の濁流から逃れ、後は腹部の血だまりを抑えるのみになった。


「正直、見てていい気はしないわね」


 スピリトは先程から見ているだけでも辛かったのか、目を逸らしてばかりだ。クオリアがを止めたおかげで、もう一度向き合えるようになったころに――それは起きた。


「あびっ?」


 突如、脳が弾けそうなくらいに左頬の筋肉が引きつる。

 眼は飛び出しそうなくらいに開き、がたがたと泡を吹き始める。

 そして首元と、左胸部分を抑え、もう動けなくなる。


「あが、が、な、あ、れ、俺、助、かって、ない」

「予測修正無し。を確認」


 ロベリアとスピリトは、刺客の顔に浮かび上がる斑点を見て思い出す。

 アイナの身に降りかかった副作用、免疫暴走を。

 を。


 クオリアの他者に行う肉体改造の拷問は執行された時点で、アナフィラキシーショックによる死が確定している。

 

 クオリアはそのアナフィラキシーショックを止める術を持たない。

 蘇生の為に発生してしまったアイナにさえ、クオリアがしてやれたことは少なかった。今更都合よく、脅威である目前の男を救う権利も義務も、クオリアにある訳が無かった。


 人工知能にとっては、今やっている事は脅威の削除だ。

 目前にいる存在は、他者の生命存続を脅かす脅威だ。

 だからこそ排除の行為選択自体に問題はない。


「……ノイズ、発生」


 ただ、アナフィラキシーショックで苦しむ刺客に、一瞬だけアイナが被ったような気がした。

 演算に問題はない。

 ただ、


「クオリア……もう殺してやりなよ」

「……その行為は無意味と判断する」

「じゃあ、私がやる」


 刺客の苦しみはそれまでだった。

 スピリトが、剣を一閃させて首を刎ねた。

 数メートル吹き飛ばされた頭が、無機質に奥の方へ転がっていく。


 その非業にして残酷な最期を、クオリアもロベリアも凝視していた。


「……で、どうする?」


 鞘と柄が衝突する音をさせながら、スピリトが振り向く。

 ロベリアが一人励ますような笑顔を見せた。

 首を失った死体に、自分を重ねて。


「言うまでも無く、生きなきゃね」


            ■            ■


 その後、一旦アイナの寝室にてエスと合流していた。

 互いに目の届く位置にいてほしいという共通の願いからだった。


 皆、恐れていた。

 誰かが死ぬのを。

 クオリアも、例外ではない。


 明日、朝日をまぶしいと思った時、視界にいてほしい四人が視界に入っていた。

 クオリアはその四人の命がかき消されないように、最適解を演算する。その為には情報が必要だ。敵の位置情報が欲しい。


「状況分析。現在、この建物内に異常なパターンの値は検出されない」


 流石にクオリアも、外にいる暗殺者たちの息遣いまでは検知出来ない。


「今のところ、向こうからの先制攻撃を待たないといけないって事ね」


 ロベリアの言う通り、こちらからはまだ手出しは出来ない。

 クオリアは警戒を続ける。いつ脅威が室内に入ってきてもいいように、全神経を張り巡らせる。


「えい」


 しかしそのクオリアの頬に、見上げていたロベリアが指をつつく。

 ぷに、と頬が陥没したクオリアはロベリアを見返す。


「説明を要請する、あなたは――」

「そんな顔にならんでも大丈夫だって。リラックスリラックス。ま、戦えないお前が何言ってんだーって話だけどね」


 まるで戦地にいる事さえも忘れてしまいそうな屈託ない表情が広がる。


「でもお姉さん、そんな顔は嫌だぞ。私達の誰かが、アイナちゃんのようになって、もしかしたら死んじゃうかもしれないって怖いんでしょ」

「……肯定」


 図星だった。クオリアは首肯した。

 そうしたら、ヒマワリが開花するように満面の笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ。誰も死なない。私もスピリトもエスも、そして君もアイナちゃんも。誰も死なない」


 それでも。

 ロベリアは目を少しだけ暗くして、屈託のない表情の裏に隠されていた意志をむき出しにし始める。

 

「……死んでやるもんですか。私はやる事あるんだってーの。私の大事な妹や、折角できた仲間を奪われてたまるもんですかってーの……ラヴの時みたいな思いは、もう嫌だから」

「……」


 ロベリアの心を聞いた直後、クオリアは動きを検知した。


「どうしたの? まさか第零師団!?」


 スピリトがその挙動を感じ取ると、即座に左手で鞘を掴む剣に手を伸ばす。


「それは誤っている」


 しかし、クオリアは首を横に振った。

 まだクオリアの五感は、第零師団の気配を検知していない。

 代わりに、ある探知機レーダーシステムが左目で反応していたのだ。




349km

 

 ここに来て、事態は並行で進む。

 まるで一兎しか捕れない二兎が目の前を逃げ回っている様に。



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