第108話 人工知能、希望を捨ててはいけない①


 少女の体は、ベッドの上で横たわっていた。

 アイナの部屋には既にエスがいて、ずっとアイナの傍から離れていない。佇んだまま、瞼を閉じたままのアイナを見つめ続けていた。


「まず、今のところは生きている、という言い方が正しいのだろうな」


 まずは医者の説明が無くとも、クオリアはインプットした。

 今、アイナは心臓も呼吸も自発的に出来ている事も。

 ……その鼓動や空気量が、十分には程遠い事さえも。


「エスから聞いたよ。アイナちゃんの身に何が起こったのかも。肺を貫かれたんだって?」

「……肯定」


 ロベリアの問いに、クオリアは短く答えるだけだ。

 クオリアにとっては、思い返すだけでノイズが走る光景だった。

 あの時確かにアイナは血塗れで、見るだけで悲痛になるような末期の痙攣を繰り返していた。生気を失ったまま開いた眼を想像した所で、クオリアはフィードバックを止めた。

 あまりにもこの記憶は、クオリアにとって衝撃が大きすぎる。

 同じくエスも、首を大きく横に振ってその記憶を振り解こうとしていた。


「……これでも宮廷に抱えてもらい、医学に数十年ながいこと従事してきたが」


 クオリアの様子を伺いながら、医者が口を挟む。


「肺をやられて生きているというのは正直初見だ。また話に聞いていた出血量から鑑みても、回復魔術である例外属性“恵”さえこの子を救うのは難しかっただろう。しかも、免疫暴走アナフィラキシーショックも最大限抑えていると来た。医者としてはどうやったのかを聞きたいが……今はそれどころではないな」


 確かに今、新しい免疫の暴走は存在しない。

 これ以上アイナの体が死に向かっていくことは無い。

 だが、クオリアの顔はまだ晴れなかった。


「それは誤っている。まだ“救う”と定義される状態には達成していない」


 本当に救えているのなら、アイナはもう目が覚めている筈だ。

 しかしアイナはベットの上から目覚める気配がない。この睡眠が、終わる気配がない。


「……彼女の体に大きくダメージがいってしまったのも事実だ。恐らくそのダメージは脳にも及んでいる。呼吸も一度止まっているのも要因だろう。昏睡状態から覚めないのはその為だ」

「説明を要請する。アイナはいつ、覚醒するのか」

「分からない」


 医者は首を横に振った。

 だがクオリアはそれ以上言及しなかった。

 

 昏睡状態からいつ覚めるかが分からないのは、一戦闘用アンドロイドの人工知能も同じだったからだ。人間に分からなくても道理からは反さない。


「……僕は医者として言わなければいけないだろう。最悪の事態を」

「説明を要請する。最悪の事態とは、何か」


 それは、聞かずともクオリアは解を導き出してしまった。


「確定ではない。だがもしかしたら、在り得る。覚悟して聞いてくれ」


 もしかしたら、その最悪の事態はクオリアがリスクに過剰反応したが故の演算結果かもしれないと。そうであってほしくて、クオリアは尋ねた。



「……



 しかし、その医者も嘘は付かなかった。

 医者も、自分の本分としてアイナの状況を正直に伝えるのだった。


「要は、このまま一生目が覚めないかもしれないという事だ」

「[N/A]」




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