第107話 人工知能、悲劇を[N/A] ~結~
しかしどちらを敵に回しているかは一目瞭然だ。
今しがた第零師団のメンバーを一人踏み潰し、返り血を浴びたままでクオリア達の隣に並び立っている。これだけで第零師団を相手取り、クオリア達と共闘しようという意志は明白だった。
「行けよ」
状況のラーニングを開始したクオリアに、振り向かず
「まだ生きてんだろ。心臓も動いてる。それだけでも希望的だ」
まともな呼吸も出来ない状態で衰弱するアイナが、クオリアの胸の中で痙攣している。一刻も早いアナフィラキシーショックへの対応が必要だ。
「説明を要請する。あなたは――」
「黙って回れ右しろよ。とりあえず、助けに来たって解釈でいい筈だ」
荒々しい物言いだが、一切の嘘を検知させない真っすぐなものだった。
「信じるのも信じねえのもてめぇ次第だ。多分、ただの気まぐれだよこんなの」
クオリアは
「でも、死人の為に花を真剣に誂える変わり者は、俺の楽園に必要だ」
それも思考に入れて判断し、そして演算結果を叩き出す。
「
結果、アイナの“美味しい”を共に守る味方であると、この場においては定義をした。そしてクオリアが選んだのは、
刻一刻と死に近づいて行っているアイナを守る為に。
エスと共に、アイナを抱えて去る際、クオリアは口にした。
「“あり、がとう”」
特に無言のまま返さず、
「君が噂の
ケラケラと嘲笑が空間にこだまする。
「無駄な興覚めをしてくれた……クオリア達が逃げた方向にも、俺達の仲間がいる……。全員敢え無く暗殺という訳だ」
「それは、こいつらの事か?」
「貴様ら……」
第零師団もここに来て気付く。
今、首を投げ込んだのも魔術人形だ。第零師団は囲むつもりが、逆に囲まれていた。少年少女達は、第零師団から一定の距離を保った各地点に配置されていた。
「安心しろよ。前線で戦うのは俺一人だ。
「言われたことしか出来ないような人形に……お前のようなぽっと出に、何が出来る!」
第零師団のメンバーの一人が、音速の彼方に消えた。
「縮地か」
聞こえるのは強烈な足音のみ。
音を置き去りにする人体は、最早人の視界に移ることは無い。
それも相当の手練れであり、
「最近では王国一の剣術使いなどど称されたスピリト第三王女も使っているとか聞くが、あれは実戦経験が致命的に足りない! 我々の研磨された縮地と、それによる暗殺には到底及ば――」
黒衣にハットの服装が、音速の彼方から再出現した。
縮地が止まり、足が止まり、そして息の根も止まっていた。縮地以上の速度で真上から
「次」
向けられた狐面の下は、読めない。
ただ、右手に纒わり付く脳髄を意に介してない事だけは分かる。
「なんだと……我々の縮地を……上回る速度だと……!?」
「てめぇらのせいで嫌な記憶を掘り起こされた……ここじゃ半年前にも、ある女の子が死んでいる。悲劇は二度と見たくねえ」
一瞬
その全身は、第零師団の返り血で紅に染まったまま。雨合羽の先端をパタパタと揺らす隙間風は、誰もが子供の悲鳴に感じられた。
「てめぇらは本当に、存在からして間違っている。俺の創る楽園にも不要だ」
「……ならば、楽にしてやる。何も見なくて済む様に」
一斉攻撃。
今度は第零師団の暗殺者全員掛り。縦横無人かつ自由自在に、そして疾風雷神の速度で駆け巡る。
複数の見えざる鎌が、超次元の速度を持って吹き荒れた。
普通の人間であれば、自分が死んだ事に気付かないまま首を落とされている。
さりとて、この男は
彼は、正真正銘の化物になってしまった。
「てめぇらは間違っている。てめぇら悲劇しか振り撒かねえ。だから行こうぜ、地獄へ」
最も忌むべき殺戮すら凌駕する、
「魔石“ドラゴン”、スキル深層出力“
そして、一つの竜巻が全てを破壊し尽くした。
■ ■
クオリアは、裏庭にいた。
いつからいたのか、もう思い出せない。
クオリアの足元には花束があった。
この裏庭には十字架が立っている。ならば花束があるのにも矛盾点はない。
クオリアはその花束を拾い上げ、十字架に近づく。
「状況、分析」
その十字架をラーニングする。その十字架の視覚情報を取得する。
「状況……分析……この十字架にインプットされた個体名は」
ラーニング完了。
その十字架には、アイナの名前が彫られていた。
「……!!」
視界には、十字架はもう無かった。
横たわっていたクオリアの下には芝生ではなくリビングのソファがあったし、先程まで全身を覆う嫌な汗はなかった。
両肩を震わせていた息を徐々に抑え、冷えていく
「状況分析……睡眠時に発生する虚構により、認識に異常があり」
「……回復早いね。気づいた?」
隣にいたのはスピリトだった。
椅子に座って、足を組んでずっとクオリアを見ていたようだ。
「二時間……あんたが過労で倒れてからの時間だよ。まだ体や頭、本調子じゃないでしょ」
「状況分析……
その先が思い出せず、クオリアは記録を繰り返し発音する。
故障した機械のように、ぶつぶつと言葉を回転させた後、突如飛び上がってスピリトの両肩を掴む。
スピリトもかなり驚きながら、接近してきたクオリアの顔を見返す。
悪夢の十字架を想像しながら、不安に心を押しつぶされそうなクオリアの顔は、その不安の正体を口にした。
「説明を要請する。アイナの状況の説明を、要請する」
このロベリア邸までエスと共にアイナを運んで、安定した環境で只管に最適解を連続算出していた。
アイナの全身に5Dプリントを当てて。
アイナの全身の素肌を直接見て。
アイナの意識の曇り方を感じて。
アイナの鼓動を聞いて。
アイナの呼吸に触れて。
死と生を行ったり来たりするアイナの状況をラーニングしていた。
しかし、アイナの意識が完全に戻った結果を確認していない。
ずっとクオリアが求めていたアイナの笑顔を、まだ見ていない。
「説明を要請する。説明を要請する」
「説明するからこっちに来て。クオリア君」
スピリトに接近していたクオリアがその方向を見ると、ロベリアと白衣を身に纏った初老の男性が佇んでいた。以前“医者”と呼ばれる役割をラーニングしたことがあり、医者に分類される男性である事は理解できた。
「教えてあげるから。アイナちゃんがあれからどうなったのかを」
そしてクオリアは、案内された。
その悲劇の、結果に。
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