第103話 人工知能、夢の守り人になる事を誓う
それから、クオリア達は王都各所を巡る。
人も獣人も魔術人形も隔てなく、沢山の命が奪われた場所に赴いては、花を置いてクオリアは手を合わせた。
だけど、言葉は乗せられなかった。どんな言葉を乗せればよいか、人工知能には算出できなかった。
その解を導き出せたのは、マインドが死んだ場所を通った時だった。
一輪の花を添えて、アイナの所作をラーニングし、冥福を祈るのだった。
両掌を合わせて、目を瞑る。
自然と、言葉が溢れた。
「“ごめ、ん、なさい”。
「……」
普通は言葉を思考するのみなのに、しっかり声として出た事にアイナもエスもきょとんとしてクオリアを見る。
クオリアは目を開いて、周りを見る。
空気の流れ、魔力の揺蕩い、ゴーストの気配を検索する。
「状況分析。変化なし」
マインドと話せたログは無かった。
ゴーストとしてマインドが出現する事も無かった。あの世という概念の地点にいるマインドの声が聞こえる訳ではなかった。マインドの死亡という記録が塗り替えられるわけでもなかった。
花に乗せた言葉が届いたかどうかの検知は、人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”の全技術を駆使しても不可能だと判断された。
しかし一番の問いは、どうしてそれでもマインドに言葉が届いた可能性が高いと、考えてしまったのかという事だった。
「状況分析……状況分析……」
それは、バグと分類されるものだ。
花を添え、冥福を祈る行為とこのバグはどうしても結びつかない。
それでも、曖昧ながらにクオリアの思考は僅かに晴れ始めた。
「きっと、マインドさんも許してくれますよ」
隣に寄り添ったアイナが、その解を補強するようにクオリアに声をかけた。
「……状況分析。二つの問いについて、ラーニングを実施。何故墓という石の下に埋めるのか。何故墓に、花を添えるのか……その意味を認識」
クオリアはまた一つ、人間を学ぶ。
これは一つの悲しみに、決着をつけ始める行為である。
■ ■
それから帰路、三人は一旦休憩の為に、王都が一望出来る丘に座った。
エスが突然柵にしがみ付く。柵の僅かな隙間からキラキラした眼を携えた顔を出す。
その視線の先には、屋台から出てきた少年達が持っていた食べ物があった。
「アイナ、クオリア。説明をお願いします。あの雲に例えられる物は何ですか」
「あれ、わたがしかな……? この辺りの料理じゃないですけど」
「私は、わたがしを要求します。“美味しい”がたくさん含まれると推測できます」
「エスさんにも沢山頑張ってもらいましたし、ご褒美ですね」
クオリアとアイナに要望を聞き入れられ、遂に嬉しさが隠せなくなっていた。誰が見ても、嬉しそうだった。
同時、クオリアの顔も綿菓子を見て硬直していた。
覗いてくるアイナの顔から、クオリアは目を逸らした。
そのエラーの原因は分からない。
「クオリア様も、食べたいんじゃありませんか?」
「肯定する。あれは“美味しい”と推測される」
「クオリア。後で三人一緒に食べる事を要求します」
明らかに楽しみにしているクオリアとエスを見て小さく笑い声を上げると、更に丘の下で何かを食べて美味しさに感動している人達を眺め、アイナも想いを口にする。
「私、まだまだ先の話かもしれませんけど……もう一度、追いかけたい夢があります」
「夢。エラー、夢という単語は登録されていない」
その単語も、人工知能には無い概念だった。
しかし笑顔で語るアイナの横顔から、決して悪い意味ではないと推測出来た。
「人生で為したいことです……クオリア様が“ハローワールド”の守衛騎士をされているのだって、人の“
「状況理解。人間個体の目的として、“夢”を認識した。非常に優先度の高い概念として登録する」
アイナも嬉しそうに微笑む。エスも自分が“夢”を探していると学習し始め、何か思うところがあるようだ。
アイナの笑顔の理由が知りたくて、クオリアは一つ問いを投げる。
「説明を要請する。あなたの夢は何か」
そして、夢について少し恥ずかしそうに、懐かしそうに語り始める。
「自分の店を、持ちたいって考えてます。疲れてフラッと訪れた時に、そっとお腹いっぱい暖かい御飯が出せるような、そんな店に出来たらいいなって」
「その夢は、非常に良質です」
「勿論、今の蒼天党や、兄の件が落ち着いたら……ゆくゆくは、ですけど」
「サイコロステーキとわたがしの作成も要求します」
「エスさんが一番の常連さんになってくれそうですね」
「……“美味しい”を検出」
エスの頬をぐりぐり回しながら、心底嬉しそうにアイナが「こんな料理とか……」と夢を語り始める。これからアイナが作るであろう料理よりも、その笑顔からクオリアは検出していた。
クオリアが、一番欲しかった“美味しい”を。
「……でも、まだクオリア様の近くに私はいるつもりです。勿論お店を建てるのにも時間はかかりますし、それに」
しかしそれもアイナがやりたい夢であるように、屈託のない“美味しい”を向けてくる。
「クオリア様の心を見るって役割で、私ここに来たんですから」
クオリアの心が死んでいないか、異常が無いかを隣で見ている事。
それがアイナの役割だった。
もしアイナがその役割でここにいなかったら、クオリアは人間のままではいられなかった。
未だ、心臓近くでまだ燻っている
シャットダウンへ戻る為の、ボタン。
これを押して、美味しいを感じる事のない兵器へと戻っていた。
「あなたの言う通り、あなたには心に異常が無いかの監視を要請を依頼している。しかし」
だがクオリアは何もその為だけに、アイナに近くにいてほしい訳ではない。
きっと、サンドボックスから連れ出すときの建前だったのかもしれない。
クオリアは思考する。本音は? と。
ただ明日の世界に、アイナがいてほしかったから。
その理由は、人工知能の演算では出ないものだ。
獣人に残酷な閉じた世界で、稲穂の様に柔らかく強く優しく生きるアイナを、どこまで見ていたかった。
「
「……でも、それだとクオリア様から離れる事に」
「あなたの役割は、メイドじゃなくても出来る事だと推定する。あなたはメイドである前に、
クオリアは、変わらぬ自分の役割を、改めて定義する。
アイナが持つ最後の花束を見る。ロベリア邸に眠るラヴの墓に捧げるものだ。
更に近くでマインドの場所に置かれた花束も見る。
確かにこの行為は、人間として死者と対話する為に必要な行為だ。
だがそもそも、クオリアはアイナにそんな行為をしたくない。エスにも、ロベリアにも、スピリトにもそんな儀礼を行う事態にしたくない。
彼女達に渡すのは、彼女達の髪に合う花でありたい。
「
「……うん。ありがとうございます……私、頑張ります……」
そして一番の“
この日クオリアは、アイナの夢をラーニングする。
その夢を二度と折ってはならないと、クオリアを構成するプログラムに深く刻み込むのだった。
「――人の夢と書きまして“儚い”と読みまして。しかも人の夢には建てる“墓無い”ってのがオツだよな」
「
クオリアの姿を真似始めたのも知らずに。
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