第101話 人工知能、無粋な司祭を無力化する

「説明を要請する。あなた達は何故、アイナと接触するのか」

「ほうほう、どうやら心辺りがあるようですな」

「ほうほう、どうやらかの獣人はアイナと呼ぶそうですな」


 不敵に怪しく顔を歪める双子の司祭。


「我々は二度と蒼天党が現れない様、獣人を浄化して回っていまして」

「我々は二度と獣人共が人に抗わぬ様、獣人を浄化をして回っていまして」

「獣人は人より劣る畜生同然。人の奴隷になるしか救済の道はないのでして」

「獣人は獣から生まれた種族。日陰に生きるしか生存の場所はないのでして」

「だからこそ、浄化してまして」

「だからこそ、浄化してまして」


 左右交互に典型的な“晴天教会”の教えを口にしていく。

 人類至上主義。


 獣人は神の失敗作だ。

 魔物を先祖に持ち、結果人間よりも下の階級にある存在だ。

 だからこそ道具と同じく奴隷として扱われるべきだし、反逆するならば“浄化”されるべきだ。

 それこそが現人神ユビキタスの成功作たる、人類の役目と口にする。


「あなた達の信頼度は低い。故にアイナとの接触を拒絶する」


 エビルとダモンの遮るものの無い頭部に、青筋が走る。


「なんですと? 晴天教会に楯突く気ですか?」

「なんですと? ユビキタス様に背く気ですか?」

「肯定」


 二人の両手に着いた血の跡から、クオリアは一気に思考回路にアラートを鳴らす。

 この付近で、獣人を一方的に痛めつける“げに素晴らしき晴天教会”の人間と、この二人の特徴は一致する。ならば、返すべき最適解は一つだけだ。

 神が相手だろうと、その審判に背くという最適解に変更はない。


「アイナが今実施している“生命活動を停止した個体へ、言葉と一緒に贈る花”の選定をしている。阻害行為を実行する個体は脅威として認識する」


 一瞬言葉の意味を思案していたエビルとダモンが、突如大笑いを始める。


「獣が慰霊の祈りですと? 笑わせないで頂きたい」

「こんな花で祈りですと? 笑わせないで頂きたお」

「死者を神の御許に送る方法は一つだけでして。晴天教会の祈り方でして」

「死者を神の御許に送る方法は一つだけでして。胸で太陽を描く事でして」


 抱腹絶倒、二人揃って一通り呆れた笑い声を上げた後、小馬鹿にしたような目線だけがエビルとダモンに残った。


「この祈りが許されるのは、ユビキタス様の信者のみでして」

「この祈りが許されるのは、我々のような信心を持つ者のみでして」

「それを汚れた獣人ごときがやろうとしているのですか。許せなくて」

「それをこんな小さな店の花でやろうとしているのですか。許せなくて」


 司祭の“有難い言葉ノイズ”が閾値を超えた為、クオリアは話を中断させた。しかし脅威認定の宣言をする前に、一つだけ問いを投げた。


「説明を要請する。生命活動を停止した個体へ祈る場合、どのような言葉を贈るのか」

「死者が求めるは共通して成仏。神の御許に遣わす言葉をかけまして」

「死者を救うのは例外なく成仏。天の世界に送る言葉をかけまして」

「説明の停止を要請する。あなた達の言葉は、信頼度が低い」


 司祭の眉間に皺が寄った。それすらもほとんど似通った挙動だった。


「この言葉に、共通もしくは例外無しという概念は当てはまらない。何故なら個体ごとに、生命活動を停止した個体に贈る言葉は異なるからだ。あなた達の行動は祈りではない」

「なん」

「だと」

「祈りを模倣したものと判断する」


 司祭二人は、そんなクオリアを睨みながらも店の奥側へ目をやる。

 クオリアは読み取った。

 敵意と殺意のパターンだ。


「……そうか、理解しまして」

「……そうだ、納得しまして」

「この店は、異教徒が営む集会場でありましたか」

「この店は、背信者が集る魔界でありましたか」

「罪です。咎です」

「罰です。刑です」

「店が焼けてもまだ足りません」

「花も焼けてこそ足りるでしょう」

「晴天教会の名の下に」

「ユビキタス様の意志のままに――ダブルインシデント!」


 赤の魔法陣。ダモンの足元に出現して直後、凄まじい熱量の火柱がダモンを包む。

 溢れた火炎は徐々に収縮されていき、ダモンの両腕に収まっていく。ダモン本人は無傷だが、両肩から先が次元違いの灼熱に包まれている。

 触れれば焼けるどころではない。灰が残るどころではない。

 間違いなく蒸発する。


、ダモン。この汚れた少年少女ごと」

、聖なる灰と帰せ。店ごと」


 ダモンが両腕を伸ばすと、クオリアと花目掛けて神火の掌が二つ迫ってくる。

 紅色の掌が、全てを奪い去ろうと大きく開く。

 クオリアとエスを掌どころか、指一つで消滅させるほどの大きさと熱量だ。


 だが、クオリアはダブルインシデントを見ていない。

 5Dプリントの光を走らせながら見ていたのは、足元の花々だった。


『Type SWORD BARRIER MODE』


 ダモンは初めて、唖然とした顔を見せた。

 異次元の焔は、阻まれていた。


「馬鹿な! 神の太陽にも匹敵する、我がダブルインシデントが」


 フォトンウェポンの柄から展開された荷電粒子ビームに、かき消される。

 クオリアも花も店の残骸も、何一つ燃やされたものはなかった。


『ガイア』

「あなた達を脅威と認識。無力化を実行す――」

魔石回帰リバース


 脅威への宣言をするクオリアの横を、地層の柱が疾駆した。

 魔術人形であるエスのスキルによるものと判断だけして、その攻撃の行く末をラーニングする。


「ぐあっ」

「ぬっ」


 先端が、司祭二人の中心を撃ち抜いた。

 衝突したダモンとエビルの体はくの字になって、後ろの壁まで一気に叩きつけられる。

 壁に貼り付いた二人の司祭に、口をへの字にしながらエスは言い放つのだった。


「お前達は誤っています。花に火を与えてはいけません。花に与えるのは如雨露じょうろの水が適切です」

「ぐ……は……」

「お前達は花を燃やし、店を燃やし、アイナの願いも燃やそうとしました。それは許される事ではありません」


 ダモンは今の一撃が決定打になったようで、血を吐きながら地面に伏せる。

 エビルも壁に貼り付いたまま、沈黙している。

 それを確認すると、エスはクオリアの方を向く。


「脅威を無力化しました」

「あなたは誤っている。一体の無力化に失敗している」


 エスがもう一度視線を向けた先、クオリアが最初から視線を向けていた先。

 ダモンは確かに白目をむいて鎮火していた。

 だがエビルの方は、ただ沈黙していただけだ。

 意識をはっきりさせた状態で、頬を吊り上げていた。


「まさかの魔術人形……しかし私の体も特殊性でして。例外属性“鋼”を兼ね備えております故。私は体を鋼以上の硬度に昇華出来ます」


 破れた服から覗く肉体が、肌色ではなかった。銀色だった。

 鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体は、あろうことか魔術で鋼にコーティングされていた。魔術人形のスキルすら耐えきる防御力が、どんどん大きくなってクオリアとエスに聳え立つ。

 地面に置いた掌が、地に亀裂を入れる。

 踏み出す足が、地を割る。

 エビルの司祭らしい優しい笑みが、恐ろしい体で近づいてくる。


「さあ不肖の弟に代わり、そして最高の神に代わり、私の“シルバーウェア”あなた達をこの店の残骸ごと潰してしまいましょう。まずは少年の高い頭を地面に限りなく近づけて。次に雑草を全て摘み取って。最後はそこの魔術人形を愛でて愛でて神への供え物にして、そして奥にいるであろう獣人の娘を愛でて愛でて浄」

『Type GUN』

「じょっ!?」



 

 荷電粒子ビームにとっては、

 


「あがっ……っ!?」


 クオリアの最適解は終わらない。

 痛みに喘いで今まさに叫び声を上げようとしたエビルの口を、手で塞ぐのだった。


悲鳴アラートの抑制を要請する。今、アイナは最適な花を選ぶことにパフォーマンスを最大限活用している。あなたのノイズは、その障害になる」

「……」


 気絶する最後の瞬間まで、悲鳴を上げる事さえ出来なかった。

 勿論、神への祈りどころではなかった。

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