第100話 人工知能、花の匂いが導く言葉を知る

 ロベリア邸を出る直前、クオリアは裏庭の墓を見た。

 墓に添えられた、を見た。


「説明を要請する。人間は生命活動が停止した時、何故墓という石の下に埋めるのか。何故墓に、花を添えるのか」


 墓に尋ねる。墓の下で生命活動を停止しているであろうラヴへ、独り言を呟く。

 墓を建てたからと言って、花を添えたからと言って、停止した命は再起動されない。それを再確認したのだった。


「クオリア様?」


 様子を見に来たアイナとエスに呼ばれ、クオリアも向かう。


 壊れた個体に対して人工知能が抱くのは、修復行為のプロセスか修復不可能ロスト判定のフラグのみ。人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”を産み出したマスタの人工知能の損壊にさえ、ただ淡々と信号の消失を認識したに過ぎない。

 人工知能の消失と、人の生命活動停止はあまりにもかけ離れている。

 死という概念は、ラーニングしきれない。


 それでも、人の死はクオリアに悪影響を及ぼす事だけは分かっている。

 途中、マインドの首が落ちた場所を通過した時に、その演算結果なにがおきたかをフィードバックした。


 この場所でマインドの死を見たクオリアは、一切の歯止めを効かせないまま、マインドを殺した獣人を排除した。

 そして、リーベは死した事によってゴーストとなった。

 人の死と、人工知能アンドロイドの破壊はまったく意味が違う。

 人の死には、あまりにも失う“美味しい”が多すぎる――。 


「アイナ。説明を要請する。人間は生命活動を停止した対象に対し、墓と定義される地点に埋め、花を添える行為をするのか」


 今、アイナは死者に添える花を買いに向かっている。

 だからこそ、その答えを知っているとクオリアは考えた。


「……ただ私が死んだ人と、話がしたいんです。一方的でも、伝えたいことがあるんです。墓はその目印で、献花は死者と自分を繋げるものだと、思っています」

「……」

「だから出来るだけの多くの花を買って、人が特に多く亡くなった場所に、せめて花を添えようかと……そうロベリア様に相談したら、資金も出してくれるって言ってくれて」

「アイナは、どのような内容を伝えたいのですか?」

「私は、ごめんなさい、ですね」


 見上げるエスに、どこか悲しい顔で返す。


「こんな事態を引き起こした原因は、やっぱりお兄ちゃんにあるから。だから、ごめんなさいを伝えたくて。亡くなった人、騎士、それに、獣人に……これって、ただの自己満足でしょうか?」

「エラー。花にそのような機能はない……しかし、あなたが誤っていると、判断することは出来ない」


 やはり、クオリアは花を添えるという行為に『意味がない』という結論を出すことは出来なかった。人間としてのバグが、人工知能としての演算を邪魔していた。

 一夜明けて色々整理し、弾き出した彼女なりの最適解やりたいこともまた、決して0と1では紐解けない事である。

 人工知能では見えないけれど、人間として感じる事が出来る、心の一つである。



 三人が辿り着いた店は、黒焦げになって倒壊していた。

 この店が炎上する様に、クオリアとアイナは見覚えがある。かつてアイナの髪を“可愛く”コーディネートした女店主がいる店だったからだ。


「お、また来てくれたのかい!」


 店が潰れても元気な女店主であった。


「避難の時は、色々お世話になりました」

「いやそりゃこっちのセリフだよ。あんた達には命も助けてもらったわけだしね……みんな無事でよかった。今日も髪を結ってやろうか?」

「いえ。今日は大丈夫です。ちゃんと猫耳を見せた状態で、自分が獣人であると示したうえで……慰霊の為の花を買いたくて」

「……そうかい。ただ気を付けるんだよ。今この辺りも“晴天教会”の連中が獣人を目の敵にしてウロウロしてるって話だからね。ま、こんな強い騎士さんがいるなら問題はないだろうけど」

「ご心配ありがとうございます。あの……ここ、お花も売ってるって聞いたんですけど……もし焼けていなければ」

「おお! 丁度よくあるよ! 花を置いてた庭は無事でね」


 女店主に連れられて、三人が倒壊した店に沿って奥の方へ向かっていく。

 途上、花で彩られた通り道でエスが立ち止まる。

 数は少ないが、立派に咲いた色とりどりの花に目を奪われている。


「おー……ここにあるお花は、見ていると何だか落ち着きます」

「花というか自然は不思議よねぇ。そうやって人を癒すし、誰かに贈る事も出来るし……墓に添える事も出来る」


 意味ありげな女店主の言葉を聞いた後、クオリアが演算内で保留になっていた問いについて尋ねる。


「説明を要請する。花には、生命活動を停止した個体に対し、どのような機能があるのか。例えば、生命活動を停止した個体とのコンタクト機能等があるのか」

「ないよ」


 女店主が出した答えはあまりにも荒唐無稽で、三文字なのにクオリアは一瞬理解が出来なかった。クオリアの微かな迷いと、アイナの思わず伏せた目線を見て、女店主は続けた。


「別に弔い方は花を添えるじゃなくてもいいのさ。晴天教会は胸で太陽を描いて弔う。遠くの別の宗教では火を焚いて弔う。みんなやり方は違うし、そして私の知る限り本当に霊と会話できる弔い方なんてない」

「状況理解……」

「でも意味がないとは絶対に思わない。大事なのは、アイナちゃんが死者にどんな言葉を贈りたいか、って事。死んだ人に対して、最後にどんな言葉を尽くしたいかって事」

「……」

「弔いってのは生者が区切りをつける儀礼であり、死者へ送る最後の礼儀。アイナちゃんがここまでして伝えたい言葉に、私は意味が無いとは思えないね」

「言葉」

「ボウヤはないのかい。この二日間で亡くなった人に伝えたい言葉」


 花と一緒に捧げる言葉。墓に託す言葉。

 それこそが重要であると、やっとインプット出来たクオリアは上層の方を向き始める。アイナもその視線の先に何がのかを察してしまう。

 アイナと違い、まだこの二日間で亡くなった人達全員へ言葉を向けられるほど、心は出来上がっていない。しかし知り合い、“美味しい”を見つけかけたマインドに対して、では導き出せない言葉があるのも事実だった。


「状況分析。マインドという個体に、贈りたい言葉がある」

「……クオリア様。その言葉と一緒に置く花、選びませんか?」


 マインドが死んだ事を切欠に、シャットダウンに戻ろうとしていたクオリアを知るアイナだからこそ、ここで真正面から向き合えた。


 勿論、クオリアはこのアイナの優しい目を振り払えない。振り払う気も無い。


「要求を受託する」

 

 

 その後、自分の花を繕い終わったクオリアは、入口付近でしゃがみ込んでいたエスを見つけた。

 彼女の前には白スミレと、カモミールの花が咲いていた。


「説明を要請する。あなたは何故その花を見ているのか」

「クオリア。花には死者とコンタクトが取れる儀礼的な力があると、先程の女性は言っていました」


 逆にエスに問い返された。


「ならば、生命活動を維持している人間への効果も無いでしょうか。私はアイナに、もっと癒されてほしいです。その為の花を考えていました」


 エスはそう言うと、白スミレとカモミールにもう一度向き合った。その時だった。

 二つの影が、その二つの花を暗く染めた。


「失礼。少しよろしいか?」


 クオリアがその方向を見ると、青いローブに身を包んだスキンヘッドの男が二人並んでいた。しかも、同じ顔をしていた。

 双子だった。


「私、“げに素晴らしき晴天協会”の司祭のエビルと申します――ここに獣人の娘が入ったという情報がありまして」

「私“、げに素晴らしき晴天協会”の司祭のダモンと申します――ここに獣人の娘が入ったという情報がありまして」





 

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