第97話 人工知能、トロイの木馬を警戒する①

 翌日は、朝から何か事件が発生しているということは無かった。

 リーベの出現も“索敵範囲内”では発見されておらず、現時点では再生はしていないという結論になった。


 その為事態はあまり深くは動かない、なんて事も無かった。


「説明を要請する。ウッドホースが何故、このロベリア邸に移動したのか」


 守衛騎士団“トロイ”総団長であるウッドホースが、このロベリア邸に来訪した。

 その情報をクオリアに連絡インプットしたのはスピリトだった。丁度二階から、庭で洗濯物を干しているアイナと、隣で洗濯物の干し方を教えてもらっているエスを眺めていた時の事だった。


「本人は挨拶のつもりらしいわ。この二日間、蒼天党やらディードスやらアイナのお兄さんやらの事で色々動いたからね」

「状況分析。理由としては矛盾点は無い」

「ただ……」


 スピリトは難しい顔のまま、ウッドホースへの懸念を告げた。


「最初に見た時から、あのウッドホースっていう男……あまり信用できないというか」

「説明を要請する。それは何故か」

「ごめん。これは根拠とかはないわ。第一印象。いわば剣士としての勘よ」


 悪評甚だしいトロイの総団長だからという理由ではない。


「トロイの総団長としてやることはやってるし、実際ウッドホースが総団長に着いてからは、腐敗している風土を改善したり、エドウィンみたいなクソ貴族の師団長を切り離したりとか、功績は凄まじいわ。ただ……」


 一瞬だけ言うべきかどうか躊躇う。しかしスピリトは言ってみせる。


「……師匠はよく言ってた。その人に抱いた第一印象は往々にして間違ってない。第二印象で、接している内に何だかいい人そうに見えてしまう事もあるけど、そういう“第二印象いい人”で演じきれない部分が第一印象に出る。だから私はこの第一印象を信じて、剣士としての勘を信じて、ウッドホースは警戒する事にしたわ」

「理解を要請する。しかしウッドホースの信頼度に現時点で低い評価を付与することは出来ない。分析は必要と判断する」

「分かったわ。あんたはあんたの方法でウッドホースを見極めて。ここは師匠の私に倣わなくていい所だから……でもこれだけは伝えておくわ」


 スピリトは目を細めて、ウッドホースを警戒する理由を伝えた。


「お姉ちゃんの調べで、古代魔石“ブラックホール”を流出させた真犯人は、ウッドホースという説もあるの」

「説明を要請する。それは信頼度の高い情報か」

「何個か状況証拠がある。でも決定的な証拠が見つかってない……勿論ウッドホースが直接古代魔石を運んだわけじゃないから、別に協力者の騎士がいて、その人物に当たればいいだけだった……でも、その協力者たちは皆死んでるの」


 ディードスは賄賂を渡すことで、獣人の檻を開けた騎士を丸め込んだ。

 それに対しウッドホースは古代魔石流出に関わった騎士達を、物言わぬ死体にした――と見られている。しかしこれも物的証拠がある訳ではない。

 自責の念に駆られての自殺とも見られている為だ。


 しかし、仮に他殺だったとしたら。


 ……暗殺。

 人工知能に無い、負の概念の一つである。


「だから、私はこの後お姉ちゃんの護衛としてウッドホースとの対談に出る。それに君も一応出席しておいてほしいの。お姉ちゃんを守るのは私がやるわ。君にはウッドホースを見極めてほしい」

「要求を受託する。ただし、異常事態が発生した場合、ロベリアとあなたの生命活動維持を最優先とする」

「……分かったわ。ありがとう」


 安堵したスピリトの表情に、クオリアに向けられた僅かな“美味しい”が検出された。

 昨日、スピリトはリーベの攻撃で脚にダメージを受けている。だがここからクオリアもイレギュラーと判断する程の回復力を発揮した。常人なら立てない程の傷だったにも関わらず、先程縮地さえ披露してみせた程だ。

 それでも全快ではない。それだけに、クオリアも付帯する事に、嬉しさを隠せなかった。


「あ、一応言っておくけど。いきなり『説明を要請する。ウッドホースが“ブラックホール”を流出させたのか』って聞くのはナシだからね。ちゃんとクオリアの中で決定的証拠を見つけてからにして」

「禁則事項に登録する」


 スピリトもクオリアが分かってきたのか、人工知能だからこそ冒してしまいそうなルール違反を注意するのだった。

 それをインプットしていると、ふとクオリアとスピリトは芝の上にいる二人組を見た。洗濯物を干している竿に背が届かずに転んでシーツに包まるエスと、それを慌てつつ笑いながら救出するアイナがいた。


「……アイナにはエスが着いてた方がいいでしょ。もしウッドホースが何かしても、エスがいるから護衛にもなるし」

「肯定する」

「それにアイナもエスといた方が気分和らいでそうだしね。あの二人、姉妹って感じでなんか仲良くなってない?」

 

 その兆候はクオリアも認める所だった。心配性かつ面倒見の良いアイナと、マイペースなエスは気が合うのだろう。

 そもそも昨日、魔術人形であるエスが風呂の入り方を知らなかったのでアイナが一緒に入っていた(アイナを一人にしない目的もあった)。しかしその時から親しくなっていて、今日もエスがちょこちょことアイナの後ろを付いていく光景が続いている。


 その様子に幾つかの“美味しい”を検出しながら、スピリト共にウッドホースとロベリアが集まる部屋へ向かうのだった。

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