第98話 人工知能、トロイの木馬を警戒する②
「これはこれはロベリア姫にスピリト姫。おや、クオリア君まで。突然の訪問にも関わらず応じて頂き、このウッドホース、大変光栄に存じます」
「本当に大変だったね。国民の保護も本当によくやってくれた。皆ウッドホースに感謝してたよ。ほれ座って座って」
傍から見ればロベリアとウッドホースは特にいがみあっている様子も見せず、いつもの調子で温和そうに
一方でクオリアとスピリトはウッドホースの挙動だけでなく、彼の後ろに着いてきた騎士達の観察も始めていた。
この空間の水面下で、一触即発の導火線が蠢いている。
「あれから蒼天党の残党処理をしているって聞いたけど、塩梅はどう?」
「予想よりも落ち着きを見せております。ディードスの暴走が怪我の功名だったのか、戦意を失い投降する獣人も増えております」
「捕らえた獣人に不当な暴力は与えていないよね?」
「ええ。私達は」
意味ありげな回答をすると、ウッドホースは困ったような様子で続ける。
「……面倒なのはどちらかと言えば人間です。特に“げに素晴らしき晴天教会”の連中です。奴ら、獣人に
「やっぱりね。晴天教会にとっては、獣人はサンドバックだもんね」
呪われた血。
“げに素晴らしき晴天教会”にとって、獣人とは悪魔を意味する。
「勿論それらへの取締りも行っている次第です。しかし恥ずかしながら、有力者の反抗で中々進展しておりません」
「“枢機卿団”が遠征しててこの影響力だもんね……」
げに素晴らしき晴天教会には、枢機卿と呼ばれる役割がある。
晴天協会の頂点に、現在ルート王女が君臨する教皇がいる。その教皇を補佐する大司祭、それが枢機卿だ。その集団こそ、枢機卿団だ。
世界単位の宗教である為、枢機卿はアカシア王国の大司祭に限らない。しかしルートが王女を務めるアカシア王国の力が大きくなるのも当然の摂理だ。故に、アカシア王国の枢機卿は非常に強大な力を持つ。
現在、枢機卿団はこの王国にはいない。
異端者狩りの為に、“進攻騎士団”を取り込んで遠征をしている。
「分かったわ。ルート王女にやめるよう話してみる。あの人はこの王国に留まってるし」
「お姉ちゃん……」
ルート王女の名前が口から出た途端、スピリトが心配そうな面持ちを見せた。『大丈夫』とサムズアップでロベリアが返し、ウッドホースに視点を移した。
「そしてロベリア姫、もう一つ大きな問題を我々は抱えています。流出した古代魔石“ブラックホール”の事です」
本題を切り出して来た。
在ろうことか、ウッドホースの方から古代魔石について触れてきた。
「流出させた黒幕については我々トロイが責任をもって突き止めます」
そう自信満々に告げるウッドホースへ、クオリアは問いただすことは出来ない。先程スピリトから、その流出の黒幕はウッドホースではないかと訊くことを禁足事項とされている。
だからクオリアはひたすら、ウッドホースを分析する。分析し続ける。
「流出に携わった騎士は特定しました。しかし……ロベリア姫はご存じかもしれませんが、その騎士は昨日急死しています」
「……自殺だと思ってる?」
「状況は自殺を指しています。しかし背後に何者かの影があったのは明らかです。蒼天党に横流しする事で、利益を得ていた連中が……」
ウッドホースは眼光に強く力を入れ、ロベリアを見つめる。
その眼光を真剣なものとして受け入れるように頷くロベリアは、逆にウッドホースへ生暖かくも細い目線で返すのだった。
「確かに早い所その連中を明らかにしないとね。今、トロイがその主犯みたいな所説も流れ始めてるし」
「……」
ほんの一瞬だけだった。そう切り返されたウッドホースの表情から、クオリアは僅かに異常な値を検出した。そのわずかな歪みが、リーベの暗黒物質よりもどす黒く感じられた。
しかしすぐに矛盾の無い、周りを鼓舞するような力強い笑顔で蓋をする。
「左様です。これまでのトロイの腐敗っぷりを見れば、そう疑われることも仕方ないでしょう。しかしだからこそ、これまでのトロイとは生まれ変わり、王都を滅ぼしかねないブラックホールという爆弾を取り除かねばならんのです。このトロイが」
握りしめる右手が震えている。使命感を思わせるウッドホースの素振りである。
「故に、ここから先はトロイにお任せください。このウッドホースの名に懸けて、トロイの汚名を返上し、王都を滅亡させんと蓄えられている古代魔石の在処を特定して見せましょう!」
「――その場合、本地点から半径50km圏外を探索する事を推奨する」
唐突に、クオリアの助言が空間を引き裂いた。
「半径50km以内に、現状古代魔石は存在しない。
「な、何故そんな事が言えるんだ……?」
狼狽という程ではないにしても、若干の驚愕がウッドホースの顔に出ていた。
そのウッドホースの前で、クオリアは5Dプリントを発動する。
「古代魔石“ブラックホール”の魔力構造を解明し、
「……しかし」
このコンタクトレンズを装着すれば、半径50km以内に点在する古代魔石“ブラックホール”を探索する事が出来る。それを聞いても、ウッドホースは微妙な面持ちをしたままだった。
それは、ロベリアが補足しても同じだった。
「信じられないけど、クオリア君のこの“技術”は本物よ」
「……いくら何でもすぐに信用するわけにはいきませんな。まずは王都内に蒼天党が遺した古代魔石が無いかを確認せねば。クオリア君もまだ若い。こういう入り組んだことは、我々に任せてほしい」
「あなたは誤っている。古代魔石“ブラックホール”の探索は優先度の高いタスクと判断する。その為、“ハローワールド”もすぐに別個体の
「……」
まだ決定的ではないが、ウッドホースの表情に強張りが生じ始める。
その変化を見逃さないのが、不敵に笑い始めるロベリアだった。
「急に顔色が悪くなったね? どうしたの?」
「いいえ、そんな事はございません。情けないことに、突如色々説明されて頭が追い付いていないだけです」
「もしかして……王都郊外に、見て欲しくないものでもあったりする? 例えばあなた達が隠した古代魔石“ブラックホール”とか」
「……」
「冗談冗談、ごめんごめん何でもない」
冬山を凌駕する程の問い詰める冷ややかな笑みから、少女らしい無邪気な笑みへと滑らかに変わる。ロベリアという姫の二面性を見たウッドホースは、一度息を吐くと視線を逸らすのだった。
「お戯れも程々に……!」
「だからごめんって」
「それでは我々はこれにて」
「ウッドホースさん。私達はね、王都を滅亡させる爆弾を起動なんてさせない」
笑顔を保ちながらも、どこかそそくさと帰ろうとするウッドホース達をロベリアは引き止めない。ただその背中に、宣言をするだけだった。
「あと、ちゃーんと法に従って悪人は成敗しないといけないと思うの。法の範疇で、徹底的に。暗殺なんてズルじゃなくてね。ウッドホースさん、本当に悪いことしてないよね?」
「……何のことですかな」
「何でもない。じゃ送るよ」
ロベリア自らウッドホースを見送り、その会談にはピリオドが打たれた。
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