第91話 魔術人形広告宣伝活動1時間後
「ちょっと思わしくないですねぇ。実に思わしくない。何が思わしくないって、リーベが実はいい奴って風潮が出来てる辺りが思わしくない」
遥か離れた上層の光景を、バックドアは覗いていた。
両手を筒にして、望遠鏡の様に右目を填め込む。そして魔術で光の集約具合を調整し、ロベリア邸で起きていた一部始終を目視していた。
それを聞いて、後方にいたウッドホースも舌打ちをする。何一つ上手くいっていないからだ。
「カーネルやロベリア、そして王宮に住むヴィルジンやルートを仕留め損ねた上、それでは王都を滅ぼす動機に欠けるではないか。俺達のスケープゴートにならん」
「それに、時間もありませんしね」
「時間だと?」
バックドアの不吉な言葉をウッドホースは聞き逃さなかった。
「ロベリア姫が、あなたの事を嗅ぎ付けているみたいですよ。ディードスの悪事の証拠を追っている傍ら、あなたの事まで」
「あの忌々しい小娘め。一応姫のくせに、しおらしさがねえ……だが証拠は残していない。俺にはたどり着けない筈だ」
「さっき、カーネル将軍に意味深な事を聞かれたじゃないですか。あなたが古代魔石を流出した張本人だとバレてんじゃないですか?」
「……それで時間が無いという事か」
ウッドホースは証拠の隠滅に絶対の自信を持っている。しかしバックドアの言う通り、カーネルが自分に疑いを持っている事も無視は出来ない。その疑いの出所がロベリアにある事も理解は出来る。
「……まあいい。まだ本命の古代魔石“ブラックホール”までは見つかっていない。最悪それを起動させるさ……だが」
だがウッドホースもバックドアとしても、全ての罪は蒼天党に負ってもらいたい。故に蒼天党の獣人が、リーダーであるリーベが人間を憎んでいるという状況の方が好ましい。
「リーベの憎しみを完全に取り戻す方法なら、俺に考えがあります」
「おいおい。クリアランスもリーベがどこにいるか見当付いてないんだぞ。なのに接触するというのか」
「別に俺から接触する必要はありません。向こうから来てもらえばいいんです」
「は?」
「んー、こんな感じかな」
バックドアの足元に魔法陣が浮かび上がる。
赤、青、緑、黄、紫――忙しなく色彩の変わる星模様の魔法陣は上昇し、バックドアの全身を通過していく。
通過した先から、変容する。
「
実際に肉体を変容させている訳ではない。リーベの
地水火風の基本属性の範疇から外れた、“例外属性”に分類される“光”を司るバックドアならではの擬態魔術である。
しかも、バックドアは
何せウッドホースからは、先程までバックドアだった筈の存在が、どこからどう見てもクオリアにしか見えなかったからだ。
「説明を要請する。あなたからは、
「……」
擬態したのは外見だけではない。
その挙動、口ぶりまでクオリアだった。演技を解いて、クオリアには無いような影ある笑みを浮かべるまでは、物真似というレベルを超えて本人になり切っていた。
この魔術一つで、ここまでバックドアが生き延びてきたのも頷ける。
この魔術を使って数多の組織に潜り込み、裏から操作してきた。蒼天党もその一つでしかない。
ウッドホースも初見ではなかったにせよ、バックドアの演技を見て顔を引きつらせるしかなかった。
「……その
「この魔術、1分しか持たないんで生活向きではないんですよ」
バックドアが言うと、クオリアへの変身が解ける。
サングラスをかけた獣人に逆戻りしていた。
「それに、俺は公爵の立場と平穏を手に入れるまでの途上で、沢山見たいのですよ」
「何を見たいんだ?」
「不幸や絶望に出くわした時の、マズそうな顔ですよ」
再び右手と魔術で望遠鏡を作り、ロベリア邸の様子を遠くから眺める。アイナの涙を受け止めるクオリアを視界の中心に入れていた。
「あのクオリアという奴は、どうやら人の笑顔を“美味しい”等とのたまう様で……全くもって良く分からんねぇ」
「現実を知らないお子様騎士の典型例だな」
「にしても……良かったですよ本当、ある意味。リーベの妹であるアイナたんが、まさか本当にご存命だったとは。これでリーベだけじゃなく、クオリアって奴も、そしてアイナたんも絶望に叩き落とせる……あの子たちはどんな断末魔を嘆いて、どんな顔をして死ぬのかな?」
望遠鏡を僅かに動かし、抱き合うアイナも視界にとらえた。
クオリア。アイナ。
共に、バックドアはロックオンしていた。
空腹で好物を目前に並べられた時の様に、舌なめずりをするのだった。
「やっぱ安全地帯で食べる不幸って蜜ぁ、やめらんねぇぜ……」
一方で、ウッドホースが脳裏で策略を巡らす。
(こいつは変態だが、馬鹿じゃない……恐らく自分が用済みになった後の事も考えているだろう……バックドアに対してはもう少し保留にしておくとしよう。それよりも)
ウッドホースはロベリア邸を覗く事は出来ないが、ロベリア邸の方向を見上げていた。ウッドホースにとって目下一番目障りなのがロベリアとカーネルだ。
いざとなれば“本命”である古代魔石“ブラックホール”を発動させればいいが、あれは最終手段だ。下手すれば自分も巻き込まれる辺り、本当は使いたくないというのが本音だった。
「……王都の上層ごと、と思っていたが先に賢明な二人には舞台からご退場頂くのもありだろうな」
そう呟くウッドホースの足元に、部下が跪いていた。
「ウッドホース様。例のもの、完成したようです!」
「今向かう」
ウッドホースが返事すると、それを聞いていたバックドアに声をかける。
「失礼する。私の切札が到着したようだからね」
「差し支えなければどのような切札か聞いても?」
「魔石を当て嵌める事が出来るのは原則魔術人形のみ。最近忌まわしき
自身の深紅の鎧を叩くウッドホース。
「だが、武器に対しては魔石を組み込むことが出来る。古代魔石“ブラックホール”を組み込んだ鎧――“
「古代魔石を更に加工していた、と?」
「ああ。戦争の歴史さえ書き換える新時代の武装だ。オーバーテクノロジーと言ってもいいだろう」
この世界におけるオーバーテクノロジーである
最高の切札として豪語するウッドホースが握りしめた掌に、不安はない。
「カーネル率いる“クリアランス”……、ルート王女が手駒にした“げに素晴らしき晴天教会”……、そしてロベリアが抱える“ハローワールド”……全員返り討ちにしてやるさ」
「あのクオリアのフォトンウェポンすらも攻略出来るのですか?」
「ああ。奴の奇妙な光線についても対応済みだ。
既にウッドホースの中では、あらゆる障害が解決出来ているような気分になっていた。階段を下りて、ある部屋の中で“黒く渦巻いている”鎧を見て、その笑みが更に深く刻まれる。
「見てろ。勝利の味を堪能するのは、この俺一人だ」
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