第85話 人工知能、怨念と対峙する③
ゴーストの成り立ちは、魔石とほぼ同じ。
感情が魔力となり、塊となった存在。
故に、ゴーストにも超常現象たる"スキル”の概念が存在する。
ただし、ゴーストに変わり果てる程に歪んだ魔力である。
その"スキル”は、本人を生き物の概念から遠ざけた存在へと破滅させる。
死の世界の住人。
それは人よりも、獣人よりも、魔術人形よりも、人工知能よりも――異形である。
「なにこれ」
アイナは茫然と仰いでいた。
人の大きさ、人の輪郭から懸け離れた兄の成れの果てを。
結論、リーベは巨大な頭部だけの魔物になっていた。
『全部、壊す、檻塗れの、この、クソッタレ』
しかし、血色の頭部には何もない。
目がない。
鼻がない。
耳がない。
髪の毛もない。
そして、口だけがある。
口の代わりに当て嵌められていたのは、ギロチンだった。
"
それがリーベという魔力のスキル名。
その魔物の名は、クワイエットゴースト。
「あっ」
アイナは、また見てしまった。
人の首が、落ちていくのを。
視線の先で騎士が一人、断頭された。
気付けば頭上を覆っていたクワイエットゴーストに、ギロチンという牙で持っていかれた。
死んだ事に気付かぬ顔。落ちる球体。
地面との衝突音。零れる血汁の臭い。
「……!!」
それを見て、アイナは呼吸の仕方さえ忘れ、蹲る。
吸い過ぎる。吐き過ぎる。呼吸するたびに、涙が止まらない。
「は……あ……」
蠅が舞う死体ならいくらでも見てきた。心臓から噴き出す紅い噴水だって見たことがある。大抵の残酷ごとに、アイナは耐性がある。
それでも、首の切断だけは駄目だった。
リーベの死因である、断頭だけは――。
「あっ、あぅ、あっ」
兄の死が、何度も繰り返される。
『痛クないダろう? 痛くナかっタさ、俺の時ハ』
物言わぬ首無し死体。その上にクワイエットゴーストは浮かんでいた。
ギロチンの向こう、クワイエットゴーストの中に迸る魔力の脈動が見える。
怨念が魔力化した暗黒物質の集合体。クワイエットゴースト、即ちリーベの本体だ。
『別にいいダロう? 今まデ獣人ノ首を、こうシテ粗雑にシてきたノだかラ』
とっくに正気を失ったリーベの声が重く響いた。
恨み声の発生元さえ、認識できない。
認識できないまま、アイナのトラウマが目の前で繰り返されていく。
三人目の首が落ちた。
黒衣の百戦錬磨達が、何も認識出来ぬままその首を次から次へと刈られていく。騎士達が手当たり次第に攻撃をするも、直撃した様子はない。
「この巨体で認識できないはかなりヤバいわね……それに、幽霊らしく浮遊能力まで身に着けたって訳?」
重力さえ沈黙させるクワイエットゴーストに、カーネルも冷汗をかく事しか出来ない。重力から解き放たれて三次元で動くようになり、反撃が当たらない。
『ガイア』
「
蜘蛛の巣の如く割れた地面から、巨大な幹が天へ伸びる。
共に出てきた無数の根や枝が、庭中を乱れ撃つ。
先程リーベを攻略した、エスによる空間制圧である。
「攻撃、命中していません」
しかし、手ごたえが無い。
必殺の鞭は不発のまま――四人目の首が地面に落ちるのだった。
満月のようなクワイエットゴーストは、その浮遊能力で
「あ、あ……」
クリアランスの精鋭でさえ、聖剣聖を名乗るスピリトでさえ、竦んだ。
悍ましき巨大な頭部と、順番に断頭されていく処刑場に蔓延る、恐怖と絶望に。
もう、リーベという怨念からは逃げられない。
ほらまた一人。五人目。上を見上げれば、ギロチンが摩擦音を奏でている。
胴体と首が離れる前兆の、不快な高音。
「お願い……もうやめて……」
もう、耐えられなかった。
アイナが思わず自分の眼と耳を壊そうとした時だった。
『Type GUN』
「予測修正完了」
人工知能だけが、幽霊に戦慄することなく、淡々と最適解を導き出していた。
銃口の先に、無限の"美味しくない”に支配されてしまったリーベという存在を見据えながら。
「最適解、算出」
ただしこの最適解は、フォトンウェポンで無限に殺し続ける永久機関になる事などではない。憎しみで盲目になってしまったリーベの眼を開くための、人間らしいアプローチである。
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