第86話 人工知能、怨念と対峙する④

 リーベは魔物化したことにより、強靭な防御力も手にしていた。

 一発の荷電粒子ビームでは貫通出来ない程だ。


 さりとて、荷電粒子ビームが効かなかったからといって、狼狽える道理はクオリアには存在しない、それならば荷電粒子ビームのダメージ具合を検出し、フィードバックされた情報を読み取るだけだった。


 怨霊の戦慄に飲み込まれる事もなく、守衛騎士としての役割を遂行する。

 クオリアが優先すべきことは、"美味しい”をこれ以上奪われない事だ。


「状況分析。魔物クワイエットゴーストの強靭性を確認。中心核と推定される暗黒物質貫通に必要な発射数、6と判断」


 最適解通りに、フォトンウェポンのトリガーを6回引いた。

 6つの光線が、流星群の様にクワイエットゴーストに突き進む。

 見えず、聞けず、感じる事の出来ない筈なのに、狙いは的中していた。

 

 クワイエットゴーストは真赤な嘘ステルスを全開にして、本能で荷電粒子ビームを回避しようと三次元を駆け巡る。

 その軌跡すら、クオリアは予測済みだ。


 例えクワイエットゴーストだろうと、怨念が魔物化した存在だろうと、その源にあるのはリーベという獣人だ。リーベのラーニングは既に完成し、最適解も算出済みだ。


 ならば、リーベへの最適解を基に類推すれば良い。

 クワイエットゴーストになった事による変更点だけを検出し、最適解を再算出すればよい。


 再予測は、既に完了している。


「予測修正無し」


 結果、六つの光線が1ミリもズレが無く、同じ個所へ着弾した。

 六つ目の光線が、クワイエットゴーストの中心を貫通した。


 クワイエットゴーストは消滅した。


『……アイナ、アイナ、アイナが、忘れられる前に、俺は』


 

 再出現した暗黒物質が、クワイエットゴーストへと組み立てられていく。


「まだ、復活するのかよ……」

「分かり切った事でしょ。覚悟決めなさい。死にたくなければね」


 それを見ていた騎士の弱腰を、カーネルが後ろから叩く。


 何百回も倒さないといけないのかもしれない。

 何億回と倒しても復活するのかもしれない。

 クワイエットゴーストが持つギロチンと真赤な噓ステルスの恐怖に加え、ゴーストそのものの終わりなき存在という絶望が、目の当たりにした人間達の心を折り始める。


 だが、クオリアもゴーストの特性については重々承知だった。

 荷電粒子ビームによる破壊が一時しのぎでしかない事も、十二分にラーニングしていた。


 

 


「仮説。クワイエットゴーストの性質は、魔石の性質に近い。その為――」


 またクワイエットゴーストが全員の認識から外れた。

 強制断頭の恐怖に顔を引きつらせながらも、剣を手放さずに騎士達は構える。


 一方、次の出現地点を予測したクオリアは、即座に駆けた。


「次の出現地点を算出。アイナの頭上と予測」


 クオリアの視線の先で、アイナは座り込んだまま未だ呼吸を整えていた。

 動けないまま、必死に湧き上がる恐怖と戦っていた。

 兄の死を追想する少女の頭上に、


 アイナの首に、ギロチンの刃が王手をかけていた。


『アイナ、いナい、もウ、死ンダ』


 誰も認識していない。クオリアも認識していない。

 だがクオリアは、予測のみで次に狙われるのがアイナだと理解していた。

 それで十分だ。

 クワイエットゴーストの軌道も読めるのであれば、次に誰が斬首されるかも導き出せる。

 

 だから。

 アイナを突き飛ばして、クオリアがクワイエットゴーストの真下に入ることも可能なのだ。


「クオリア、様?」


 弾き出されて、アイナも自分が狙われていた事をようやく理解した。

 兄に殺されかけた事を理解した。

 クオリアが、自分の代わりに断頭台に立ったことを理解した。


 つまり――クオリアが断頭される。

 最悪の悲劇が、繰り返される。


「い、や、あ」


 それを悟って慟哭する直前、クオリアが先手を打ってアイナに告げる。


「理解を要請する。自分クオリアは、死なない」


 サンドボックス領でアロウズと決闘する前と同じように、アイナの心を安らげた。

 アイナの過呼吸が、騎士達の断頭から生じた兄の死の再帰である事。それはトラウマという概念が存在しない人工知能でも、アイナとずっと一緒にいたことでラーニングが出来た事だ。


 その涙の理由を知っていたからこそ、クオリアは再度を口にした。

 クオリア自身の生命活動を維持するという、アイナの願いを反芻したのだった。



 



「……」


 全員、沈黙した。

 確かにギロチンの刃は最後まで押し通り、その場を見なくとも誰かの頭が落下することが容易に想像できた。

 ましてや、間近にいたアイナが凍り付いたのは言うまでもない。

 胴体と離れ離れになった、最愛の主人の頭が落ちる瞬間まで、息を止めている事しか出来なかった。


 しかし、いつまでたってもアイナの頬に返り血が付着することは無かった。

 時間が無くなった世界で、クオリアの頭が地面に落ちることは無かった。

 クオリアの死を確認する事は、誰も無かった。





 

 生存が十分に確認できる、応答の声だ。


 残酷な巨刃が落ちる寸前、クオリアはギロチンを跳び越えていた。

 ギロチンの先にある、クワイエットゴーストの中へ侵入したのだった。

 リーベの中へ、アクセスしたのだ。


「ゴーストの中に……入ったっての? あの子」


 ギロチンの刃を足場にしていたクオリアは、視界一杯に広がる暗黒物質の脈動を目の当たりにしていた。

 リーベという怨念の本体。

 これにフォトンウェポンのトリガーを引いたところで、また再生されるのがオチだ。


「再度仮説。クワイエットゴーストの性質は、魔石の性質と近い。


 ギロチンの外側で、アイナが泣いていた。

 理由の一つは、クオリアが無事と分かったことによる安堵。

 だがもう一つ、兄が異形な存在に成り果ててしまった事による悲嘆もある。


 アイナの涙を止められるのは、もうこの最適解しか存在しない。

 リーベを異形から解き放つには、もうこの最適解しか存在しない。


 クオリアは、暗黒物質に手を伸ばした。

 



「これより、自分クオリアはリーベをハッキングする」

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