第82話 人工知能、が相手にしていたモノ②
ゴーストの存在については、かつてクオリアが読んだ魔術書でも触れていなかった。
魔術や魔力の概念でも解説しきれない部分が多すぎた。
「ゴーストの存在は、本当に眉唾物の噂でしか語られなかったわ。でも最近ゴーストは、魔力研究的にもその存在が論証されつつあるのよ」
曰く魔力が強い場所で、強い感情を持ったまま死ぬと、極稀にその感情そのものが魔力化する事がある。
結果魔力の塊となり、魔石とほぼ同じ存在になる。ただし個体である魔石と違い、波のような朧げな暗黒物質となり、更に生前の肉体を象る。
この肉体を、人はゴーストと呼んで恐れている。
ゴーストは生前の感情に従い、自分が死んだ事にも気づかず、暴走を繰り返す。
「ゴーストの討伐方法についても謎が多くてね。非公式だけど、何百回も倒した結果成仏したって話もある。逆にいくら倒しても復活を続け、むかーしむかしある所で強力な魔物に肉体が変貌して遂に小国一つが滅んだという都市伝説もあるわ。あらやだ怖い」
エビデンスに乏しい話だけどね、とカーネルが付け加える。
「
「状況認識。“ゴースト”をインプットした」
「今言った通り、ゴーストへの攻略方法にテンプレは無いわ。何百回倒さないといけないかもしれないし、無限に再生する事も考えられる。もしくは、強い感情の禍根を絶たないといけない。ネチネチ嫌な存在よ」
「強い感情の禍根」
クオリアが反復した言葉に、ヒントが隠れていると推測した。
リーベが遺した強い感情の禍根。未練。
ずっと、リーベはアイナを殺した世界への復讐を願っていた――。
「あと厄介なのは再出現の場所がランダム過ぎる所。もしこれで上層のど真ん中にでも出現されたら、一気に古代魔石“ブラックホール”でお陀仏よ。マジで早くなんとかしないと……」
「古代魔石“ブラックホール”起動時には外に露出する必要があります。その際、古代魔石“ブラックホール”奪還もしくは破壊を実行できます」
「あらエス、アナタ良い事言うじゃない。ピンチはチャンスって事?」
エスとカーネルが会話を繰り広げている一方で、クオリアは一人仮説を積み上げていた。もしアイナを失ったという怨念が根源となっているゴーストならば、アイナに会わせることで弱体化する可能性も存在する。
だがクオリアは自分で出した仮説を、すぐさまゴミ箱に捨てるのだった。
「……仮説を棄却する。アイナへの重大なリスクが存在する」
ゴーストのラーニングはまだ完全に行えたわけではない。逆に暴走する可能性だって否めないのだ。
別の方法でリーベを、古代魔石“ブラックホール”を鎮める方法を模索するしかない。
丁度その時、左目に反応があった。
「古代魔石“ブラックホール”の位置を検出……!」
その位置情報を知ったとき、クオリアの思考に不具合が生じた。
心臓が脈打つような不安。居ても立っても居られず、反射的に駆け出して行った。
「あら、この位置はかなりヤバいわね」
カーネルも苦笑いをしながら、クリアランスを引きつれて急行する。
それは、ロベリア邸のど真ん中だった。
■ ■
その頃、スピリトは完全に疲れて眠りこけたロベリアの部屋から出てきた。
ディードスの悪事を探らせるため、疲労困憊の体を押して各地に働きかけていたのだ。そしてディードスに賄賂を渡され獣人を不正に開放した騎士を特定した。
本人は1時間だけ仮眠すると言っているが、どうせなら1日中睡眠してほしいとさえ思う。スピリトにとっては世界よりも、姉の方が大事だ。
そして窓の向こう側で洗濯物を干すアイナにも、スピリトは心配のまなざしを向ける。
「ちょっと、君も休みなさいよ」
「ふえ?」
心当たり無しと言わんばかりに、アイナがスピリトがいる二階を見上げる。
「さっきまですごい体調悪そうにしてたじゃない。カーネルに色々言われたって聞いたよ」
「大丈夫です……体動かしてた方が、気が紛れるというか」
張り詰めた風船のように、スピリトには見えた。
放っておけない。獣人だとかメイドだとか関係ない。ロベリアと似た雰囲気で、一層無理をしてしまう存在を見て見ぬふりは出来なかった。
「よっと」
「ってスピリト様!? 二階から飛び降り……」
普通は怪我する高さから、ふわりとスカートが舞うのも気にせずに飛び降りた。
まるで羽毛の如き小さな体が、音を最大限殺して着地する。
「なんだったら山の上から飛び降りて見せようか?」
「心臓に悪いのでやめてください……」
「ほら、貸してみなさい! これでも山籠もりの時は私が洗濯担当だったんだから」
洗濯籠から布団のシーツを取り出すと、物干竿にスピリトが素早く掛け始める。だがいつまでたっても中々上手く干せず、皺が目立つ。隣のアイナが駆けたシーツと比べると、歴然の差が生まれている。
腕組をして、むむむ、と頬を膨らませた。
「……今日は調子が悪かっただけよ」
「ありがとうございます」
「これ終わったら休みなさいよね……そりゃ肉親失うのって、何年経った程度で忘れられる物でもないと思うからさ」
「スピリト様……」
もし自分が姉を失ったら。
スピリトは、想像だけでも苦痛に感じる。
まだロベリアという姉を失っていない自分に出来る事は、寄り添う事だ。と、引き続きシーツを洗濯籠から拾おうとした時だった。
一切の光を受け付けないような黒の粒が、庭に集まっていた。
「……何あれ」
粒は集合する。
一つの獣人の形を成していく。
その風貌が分かるまで、時間はそうかからなかった。
完成と同時、思わず手放したシーツが風に乗って飛んでいく。
アイナはそれにも気を止めず、心を奪われたようにつぶやいた。
「お兄、ちゃん……」
兄の形をした獣人も、アイナを見てぽつりとつぶやいた。
「アイ、ナ」
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