第81話 人工知能、が相手にしていたモノ①

 古代魔石“ブラックホール”を示す位置で、リーベは確かに彷徨っていた。

 クオリアがリーベを再発見した時には、クリアランスの先行体が囲んでいた。


 だがリーベは怯んでいる様子はない。

 自殺志願者の様に、黒衣の甲冑へ特攻していく。


「もっと来い、もっと来い……一人でも多く、道連れにしてやるよ。アイナを、あの檻から、連れ出すまで、止まらねえぞ、俺は」


 


「ぐっ!?」

「うっ……」 


 真赤な嘘ステルス

 。その単純さ故に、クリアランスの騎士達も対抗できない。甲冑を貫通する爪や牙で、ただ一方的に傷つけられていく。騎士達も予測能力や反射神経で致命傷を防ぐも、劣勢なのは見て取れた。


「攻撃的行動の停止を要請する。リーベ」

『Type GUN』


 フォトンウェポンを生成しつつ、リーベに対しまず説得から入るクオリア。その一瞬だけリーベが認識の壁から外れ、忌々し気な眼でクオリアを睨む。


「お前、さっきの嘘つき……アイナが生きている、そんな、残酷な嘘を、良く吐ける……」

「あなたは誤っている。それは嘘ではない」

「人間は皆嘘をつく。“晴天教会”の連中もそうだった……俺らに対し、嘘の拷問で希望を煽った……許さない」


 地が震えるような咆哮を一通り発した直後、クオリアに向かって認識不可能の突進を繰り広げる。騎士の包囲網も簡単に突破してしまう。

 クオリアは僅かに目を細めながら、フォトンウェポンのバレルを3時の方向へ向ける。


 視界に映るは騎士達の雑踏のみ。

 坂道の地形。

 クリアランスの騎士達の位置と、構え。

 リーベが消えた位置。

 そして先の戦闘でラーニングしたリーベの真赤な嘘ステルス


 全てがクオリアの脳内で0と1の情報に変換され、リーベの予測経路を示していく。



 荷電粒子ビームが一発だけ射出される。

 直線の軌道の先には、誰もいない。クリアランスの騎士も、カーネルも、エスもその先にいる筈のリーベを認識していない。何よりクオリア自身もリーベを知覚していない。


 しかし導き出した最適解の通り、その先にリーベはいた。

 リーベはよける。荷電粒子ビームの軌道から外れる。

 

 


「……ああ、行かなきゃ、、俺は」

「あれは……」


 その場にいた全員が、頭に風穴を空けて仰いでいるリーベを認識した。

 同時、も認識出来た。

 

 希望の無い夜の様に、果てしなく無明の闇だった。


「アイナ、助ける、もう、泣かなくて――」


 オーロラの様にはためくと、粒子へ分解されるリーベの肉体を飲み込んでいく。

 結果リーベの体が消え、そのまま暗黒物質も消失する。

 同時、探知機レーダーシステムによる古代魔石の点滅もその一切を示さなくなる。


 先程と同じ結果に、クオリアは繰り返し分析する。


「異常な生命活動停止を確認。状況分析。リーベは排除されていないものと仮説する」

「その仮説は多分正しいわ」


 唸りながらカーネルが同意すると、隣に立つクリアランスのリーダーに声をかける。


「上層全域にクリアランス全配置。これ、

「分かりました――クリアランスの騎士全員に告ぐ。四人一組フォーマンセルで各ポイントに配置せよ! ただし必ず一人は範囲攻撃を扱える騎士や魔術師を揃えろ! 残りはその盾となりつつ、リーベの索敵並びに住民の保護に当たれ! 見つけ次第の狼煙も怠るなよ!」

「古代魔石“ブラックホール”の奪取を最優先でよろしくネ」


 リーベ相手に近接戦闘が不利と判断したクリアランスは、範囲制圧かつ即座に連携が取れる手法に切り替えた。配下の騎士達も誰一人怯むことなく、五秒で適切な四人一組フォーマンセルが組まれ、各地へ散らばっていく。


「クオリア。アナタの言い方だと協力を要請する、って所かしら。アナタは私達と共に、どの隊とも連携が取れる場所にいて頂戴。今のところ一番リーベに有効なのはアナタだし」

「理解した――狼煙を認識」


 直後、雨天へ伸びる狼煙を見た。探知機レーダーの表示も同じ場所を指している。

 迷わずクオリアとエスが疾駆する。


「右っ」

「オラァ!」


 駆け付けた時には、騎士達はリーベと拮抗していた。範囲攻撃を軸に連携することで、リーベにダメージを負わせている様に見える。一人一人の実力がやはり高い。

 だが真赤な噓ステルスの脅威に完全に適応できている訳ではない。クリアランスの騎士も紅い手傷を受けている。


 リーベが一瞬だけ現れた瞬間を、エスは見逃さなかった。胸の魔石が緑色に輝く。


『ガイア』

魔石回帰リバース――魔石“ガイア”によるスキル深層出力、大地讃頌ドメインツリーを発動します」


 リーベの足元から樹木が突き出る。リーベが真赤な嘘ステルスを発動させてエスの知覚から外れるが――既にエスなりの最適解を導き出していた。


 大地讃頌ドメインツリーの無数の枝が、縦横無尽にしなった。

 地面の隆起、一層強靭な範囲制圧攻撃。残像だらけの木の乱舞。

 とても獣人一人の俊敏さで避けられない、狂喜乱舞の狂い咲きだ。


 音速の域に達した枝の一つが、遂にリーベをぐしゃりと轢いた。


「がふっ……」


 壁に深く叩きつけられたリーベの原型が保たれていなかったのは言うまでもない。明らかに即死だ。


「リーベを無力化しました」

「やるじゃない、エス」


 見ていたカーネルも、喉を鳴らす程の圧倒的な破壊だった。


「……けど、多分終わりじゃないわね。早く根本的な対策を打たないとね。消滅の時間が早すぎて、倒してからじゃ古代魔石は奪えなさそうね」

「アイナ、今度こそ――」


 カーネルの示唆通り、またしても暗黒物質にリーベの肉塊が吸収されていく。

 クオリアはそのカーネルを見て、何か知っていると仮説した。

 

「カーネル。説明を要請する。あの暗黒物質は何か。リーベは獣人に分類されるのか」

「……アタシも、見るのは初めて。ぶっちゃけ都市伝説のホラー話程度にしか思ってなかったのだけれど」


 と前置きして、どこかちぐはぐな理解が否めない様子を見せながら、その説明を始めた。



「結論から言うわね。リーベは、にカテゴライズされるわ」



 ゴースト。即ち幽霊。

 人工知能の時代には絶対に在り得なかったオカルトの存在である。



 

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