第80話 人工知能、戦う意義を尋ねる


 探知機レーダーに呼応したコンタクトレンズが示す、上層の地図。

 マッピングされた古代魔石の位置にクオリアは駆けた。

 同じくハローワールドの一員として、エスも並走する。


「クオリア。何故リーベが出現したのでしょうか。リーベはあなたが倒した筈です」

「それは不明瞭だ。しかしリーベの生命活動停止シーケンスが、通常と異なっていた。その為リーベの生命活動停止を完遂出来なかった可能性がある」

「分かりました。再度の排除を図ります」


 他のクリアランスも、カーネルの指示で古代魔石“ブラックホール”の地点まで急行している。先行している部隊はその地点に到達している頃合だ。

 そんな黒衣甲冑を見ながら、クオリアもエスに確認する。


「説明を要請する。あなたはどのような信条ルールに基づいてリーベを排除するのか。ディードスの指示に基づいてか。ハローワールドの一員として、あなた自身に基づいてか」


 駆けながら、エスは二つの存在と出くわす。

 一つ目は蒼天党の獣人だ。魔術人形がトラウマになっているのか、エスが間近に来ると両手で頭を抱え塞ぎ込んでいた。しかしエスは別の騎士によって獣人が連行されるまで、ディードスの指示を果たすことは無かった。

 二つ目は、千切れて死んでいる人間だ。何度か足を止めて、その死に顔を心に焼き付けていた。


「私の役割はまだわかりません。しかしこの人達は殺害されるべきではなかったと考えます。この元凶であるリーベを無力化することが、私のやるべき事と仮説します」

「理解した」

「……クオリア、私の仮説は誤っていますでしょうか」

「それは自分クオリアには判断できない。あなたが出すべき最適解だ」

「了解しました」

「しかし、自分クオリアもあなたと同じ解を出している」


 それを聞いて、エスは小さく頷いた。ディードスの下にいた頃には無かった所作である。


 それから一本道を駆けていると、クリアランスとは別の騎士団に遭遇する。

 守衛騎士団“トロイ”だ。一般人たちの避難を先導している。

 中心にはトロイの総団長であるウッドホースが、騎士や一般人へ指示していた。トロイと接した途端に晴れやかになる一般人の顔が、ウッドホースのへの信頼度を示していた。


「ウッドホースを認識」


 クオリアが声をかけると、ウッドホースも応答する。


「クオリア君か! 昨日に引き続きとんでもない事になっているな……蒼天党のリーベが上層で暴れている! トロイも何人かやられた……」


 どうやらクオリアやクリアランス達よりも先に、遭遇したのはトロイのようだ。

 騎士達の何人かは、爪で抉られ血を流している。


「それで? 避難活動に人員を割きすぎているような気がするのだけれど」

「カーネル公爵!?」


 ウッドホースの驚愕がカーネルの地位を改めて知らしめていた。


「先日は、第五師団のエドウィンが粗相を……」

「過ぎた事はいいわ。それよりも質問に答えてくれる? 確かにリーベの“真赤な嘘ステルス”は厄介だけど、この数なら取り押さえられると思うの。もう少しリーベの討伐に人員を割くべきじゃない?」

「それが……」


 一般人や騎士達に混乱を引き起こさないようにと、小さな声でカーネルとクオリアに伝える。


「……奴は古代魔石“ブラックホール”を持っているのです。もしそれを起動されたら辺り一帯は終わりです。だから一人でも多く上層から避難させる事を優先させるべきかと」

「へえ。古代魔石“ブラックホール”を。そりゃ大変ね」


 カーネルは白々しく、腕組をしながら今聞いたような素振りをして返す。


「ちなみに……?」

「えっ」


 リーベが古代魔石“ブラックホール”を持っているという情報は、カーネル自身クリアランス以外に公表していない。他に知っているのは、探知機レーダーシステムに呼応したコンタクトレンズを作ったクオリアと、リーベとの初戦で共闘したエスしかいない。後はロベリアとアイナしかいない。


 トロイがこの情報を知っている理由として在り得るとしたら、クリアランスが情報を漏らしてしまったくらい。だがクリアランスの騎士への絶対の信頼と、管理の自信がカーネルにはある。

 だから、こうして疑問をぶつける。


 


「……本人が右手に持っていたのです。古代魔石“ブラックホール”である事を示唆する言葉を放つのを、騎士が聞いてます」

「そう」


 カーネルはゆっくり頷いた。ウッドホースの説明に、決定的な穴は無い。

 追い詰める事も出来たが、今はリーベの方が先決だ。


「じゃ、一般人の避難をお願いね」


 クオリアとカーネル達が上層へ向かっていたのを見届けると、ウッドホースは深くため息をつき、後ろの建物へ背を預ける。



「……


 壁一枚挟んだ向こう側から、声が聞こえた。

 ウッドホースは特に驚くわけでもなく、騎士や一般人への指示をこなしながら片手間で会話を繰り広げる。


「バックドアか」

「あのカーネルという男、気づいたのでは? アンタが古代魔石“ブラックホール”流出の元凶だと」

「……だとしたら、猶更頑張って上層に行ってもらわなければな」


 ウッドホースは一瞬だけ、民衆から支持された暖かな笑顔ではなく、自分に従った冷酷な笑顔をとった。


「あの鬱陶しいクオリアも含めて、皆ブラックホールに喰われてしまえばいい」


 だからウッドホースも避難する。下層へ。

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