第79話 人工知能、雨男の雨を知る

「あれは……雨男アノニマスじゃないの」


 カーネル達が駆け付けた時、まだクオリアも雨男アノニマスも動いていない。


 驟雨でずぶ濡れのクオリア。

 全身を血で塗りたくった雨男アノニマス


 ただ降りしきる豪雨の中、互いがどこかに行かないように視線で射止めていた。


「説明を要請する。あなたは何を目的としているのか」

「……」

『ギィ……ィィ』


 返答せず、狐面をまだ息だけある合成魔獣キメラを見下ろす。

 今度は雨男アノニマスが問い返す。


「知ってるか? 歪に繋げられた魔術人形技術の成れの果て、合成魔獣キメラだ」

合成魔獣キメラを認識した」

「……けど、合成魔獣キメラの製造は禁止されているわ。成程、ディードスの切札だった訳ね」


 忌々し気にカーネルがディードスの頭を見た時には、近くで悶えていた合成魔獣キメラに頭蓋骨ごと頭を嚙み潰されていた。

 食べ物は、残さない。合成魔獣キメラの最後の矜持に見えた。


「ここへは、合成魔獣キメラを終わらせるために来た。合成魔獣キメラに使われた魔石や魔物、そして合成魔獣キメラそのものが不憫でな」


 直後、合成魔獣キメラの眼からも魔石からも光が消えた。

 さっきまでディードスだった物が、その顎から零れる。


ディードスそれは、きっちり清算させておいた。二度と合成魔獣キメラの出資者とならず、不幸な魔術人形を生まないようにな」

「あなたは本来拘束で無力化するべきだったディードスの生命活動を停止させた。あなたは誤っている」

「いずれにしろ、賄賂でも渡して無罪放免だったさ」

「また、あなたが魔術人形を捕縛したと認識している」


 狐面がクオリアを向く。


「ならどうする」

「あなたを無力化し、情報をインプットする」

「まだ捕まる訳にはいかねえな」


 雨男アノニマスが、消えた。


 ほんの僅か、残像が上に伸びたのを数名の騎士が認識する。

 クオリアもそれを理解し、真上に目をやっていた。


 雨男アノニマスの体が一旦離れる。次の瞬間には建物の上から騎士達を見下ろしていた。

 一瞬だけ、雨男アノニマスの左肩に魔力で編まれた龍の羽が広がっていた。だがすぐに背中へ仕舞われていく。


「よそう。クオリアの“ラーニング”とやらは厄介すぎる」


 クオリアへの警戒心を吐露する雨男アノニマス

 その背後に数体の少年少女が現れた。

 雨合羽のフードに覆われていたものの、エスはその正体を理解した。


「元主人の支配下にあった魔術人形です。しかし私達のネットワークからはロスト扱いになっています」

「この騒動の中、連れ去られたっていう魔術人形ね。アナタ魔術人形を集めて何をしようっていうの? 第二の蒼天党にでもなるつもり?」

「暴力じゃ何も為せねえよ。俺の目的は寧ろ暴力とは真逆にある」

「魔術人形なんて戦力を並べておいて言う事?」

「……魔術人形を武器としてしか見ない奴はそう言う」


 雨男アノニマスが苛立つように唸ると、狐面に覆われた瞳を大きく見開いた。


「だがいずれ、てめらはそんな間違った考え方を持たなくなる」

「どういう意味よ」

「クオリア。俺の目的を聞いたな」


 雨男アノニマスが最後に睨んだのは、クオリアだった。

 一方でその視線からクオリアは感じ取る。狐面に覆われ、殆ど閉ざされた情報の中でもその心の片鱗を感じ取る。

 自分の身さえ焦がしても構わないと言わんばかりの、憤怒のそれを。


「……人、獣人、魔術人形。誰もが明日も生きている世界にする事だ」

「説明を要請する。それはどのような世界か」

「今に分かる。だがその為には魔術人形の協力がいる」


 魔術人形が数体、雨男アノニマスの前に出た。

 自発的な前進の後に、僅かに抑揚のついた声が溢れる。


「……どう見ても、エスと同じく自我に目覚めてるって奴よね」


 カーネルも冷や汗をかきながら、その魔術人形達を見上げる。完全ではないにせよ、その眼光に意志が宿っている。クオリアはおろか、これまで人生経験が豊富であるカーネルにも見て取れる結果だった。

 エスがハローワールドの一員に自分から入隊したのと同じく、魔術人形達もまた自分から雨男アノニマスへ協力している。クオリアと同じく、雨男アノニマスもまた魔術人形の有心論を証明した形だった。


「説明を要請する。あなたは古代魔石“ブラックホール”の流出を早急にロベリアにインプットした。あなたはそれをどうやって知ったのか。何故それをロベリアに伝えたのか」


 その時、小雨へと移りかけていた雨足が急に強くなった。


「そういえば、あの日もこんな土砂降りだったか……」


 土砂降りの中、雨男アノニマスがぽつりと呟く。

 

「再度説明を要請する。あなたの音声が雨に阻害されている」

「眠っているからだ。上層のとある十字架の下で、俺の恩人が。だからブラックホールは、起こさせねえ」


 そう言い残すと、周りの魔術人形と共に空へ再び消え去った。

 今度は再出現しない。本当に辺りから消え去っていた。


「追跡なさい」


 クリアランスに追跡の指示を送るカーネルだが、内心は難しいと踏んでいた。訝し気に細めた目が、その残念さを物語っている。


「状況分析。雨男アノニマスをロスト。捜索は困難と判断する」


 クオリアも同じ判断を下していた。


「魔術人形ごとフェードアウトしたわね。魔術だけでは説明がつかないんだけど」

「状況分析。雨男アノニマスの肉体、また消失時の魔力を分析した」


 分析結果を、続ける。


雨男アノニマスの肉体は人間と判断。しかし、胸に古代魔石が装着されている可能性が高い」

「……それはあり得ないわ。人間の体に魔石は猛毒で、付与した人間は全員死亡したと聞いているわ。合成魔獣キメラよりもナンセンス……しかも古代魔石は、疑似肉体でも無理だったのよ」


 カーネルが首を横に振ろうとも、クオリアの結論は変わらない。

 雨男アノニマスの肉体も精神も完全に人間のものだ。ただ一部だけ違うのは、、古代魔石が左胸に埋め込まれている事だ。


 と、それ以上の思考に進捗が無かったのは、雨男アノニマス以上に警戒すべき事態が左目に映し出されていたからだ。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る