第78話 人工知能、悪徳商人の水風船を見る


 勘付いた他の騎士達が追いかけてくる。

 少し離れたクオリアやカーネルも迫ってくる。

 だが催涙効果を持つ煙玉を辺りに巻き続ける事で、一瞬彼らの足を止める事に成功した。時間稼ぎには十分だ。


「ひ、ひ、リヴィジョンθシータなら、あひゃひゃ…………ってうわああああっ!?」


 と、振り返ったらクオリアとエスだけ突出して追いかけて来た。

 明らかに催涙が効いていない。

 エスは魔術人形だから仕方ないが、クオリアは意味不明だ。


「ひっ、ひっ、ひっ、ひいいいいっ!? なんだアイツ、毒が効かねえのか!? 本当に人間なのか!?」


 肥満体に鞭打ち、怠惰に塗れた足を更に回転させる。

 幸い最初の距離が離れていた。クオリアは縮地を使う程に速くはない。流石に合成魔獣キメラの元までならばディードスの方が早く着く。


「着いた、着いたぞ! ぶひひひ……馬鹿めえええええ! どうも今までありがとうございましたってなあああざまあみろ!」


 興奮して支離滅裂な言葉を発しながら、郊外の土に扮した地下壕を開く。

 一目散に階段を駆け下りる。

 更に自分が室内に入ってから、

 土砂降りになりそうだ。しかし自分は濡れない。

 とことんツイている。


「俺は、晴れ男だああああああ!」


 限界突破した自己肯定感の中で、遂に合成魔獣キメラリヴィジョンθシータを閉じ込めていた檻を掴む。


「はあ、はあ、リヴィジョンθシータ! お前のご飯を連れてきてやったぞ! ひゃは、ぶひ、ぶひひひひひ……」

『ギァァァアァ』


 藤色に彩られた、巨大な頭の爬虫類。

 悍ましささえ感じさせる巨大な顎が、こちらを向いた。


 合成魔獣キメラリヴィジョンθシータの強さは神懸っている。


 過去に、実験で屈強な人間を百人がかりで戦わせた結果、魔術付きの攻撃を喰らったにもかかわらず無傷。一方的に全員を丸のみにして見せた。

 更に実験場を丸ごと更地にした事のある魔石の“スキル”も魅力だ。魔術人形が扱うそれとは格が違いすぎる。


 一方的な虐殺者。合成魔獣キメラを百体生産し王都へ放てば、一時間で焼け野原になるだろう。そのアンコントローラブル性、危険性、更には食人性から王国は製造の一切を禁止にしている。


「いい子だ、いい子だ」

『ギァ、……ァァアァ』


 だがディードスは非合法で執り行うプロジェクトを厳選し、合成魔獣キメラをコントローラブルにする研究に投資を繰り広げた。結果、自分の言う事を聞く最強のペットを彼は手に入れていた。

 今日が、その初披露目だ。

 クオリアも、エスも、カーネルもこの咢の前には無力だ。

 誰一人助かることなく、餌になってしまえばいい。そして自分はこのままゼロデイ帝国へ亡命する。


『……ァァアァ』


 という算段を立て終えたところで、ディードスはようやく気付く。

 檻の中から聞こえる化物の呻き声が、酷く弱弱しかった事を。


『……ギァ』

 

 ずしん、と重いものが地に伏せる音。

 ディードスはもう一度檻の中を見る。一向に檻から出てこない合成魔獣キメラを見る。青い血が檻の中一面に広がっている。灯りに照らされた部分が酷く湾曲し、損傷している。全ての魔石は破壊され、もはや回復の見込みはあり得なかった。


「えっ」

 


 合成魔獣キメラリヴィジョンθシータは、



「……どう、して」


 合成魔獣キメラの戦闘不能。最強の怪物が、呆気なく致命傷を受けている。

 何故、どうして。

 その二単語がぐるぐると駆け巡るディードスの耳に、足音が聞こえた。


 それは、檻の中からだった。


「――


 貫くような声に戦慄が走る。

 少年とも青年とも取れる声だった。だが妙に声色を低く変えている。


「だ、誰だ! お前がリヴィジョンθシータをやったのか!」

「……合成魔獣キメラも被害者だ。だから眠らせてやった」


 陰からその姿が出てくる。しかし正体は相変わらず分からない。

 藍色の雨合羽で脚に至るまで全身を包み、深く被ったフードで髪型も隠し、その顔は純白の狐面で覆われている。

 ただし、ディードスはその存在が雨男アノニマスと呼ばれている怪物である事を知らない。

 その異形な姿が、ディードスの恐怖をさらに駆り立てる。


「てめぇみたいなのがいると、魔術人形が笑顔にならない」


 雨男アノニマスは、両の掌を合わせた。



 祈るように重ねた二つの手を、やがて開く。


「死ね」


 その中心、胸の部分が燦然と輝いた。

 光は、宣言した。



』 



 光が、ドクン、ドクンと鼓動した。

 生命の太鼓と、脈動の色だった。


「スキル……!? しかもドラゴン…………!? 待て、それは確か、半年前に……!?」


 それ以上、ディードスは何も口にすることは出来なかった。

 鼓動する光はやがて翼竜を象り、地下室の中を縦横無尽に飛び回ると――そのまま母親の様に雨男アノニマスを優しく包みこむ。


 その抱擁は、愛の形をしていた。


魔石回帰リバース



        ■              ■



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「音声認識。ディードスを認識」


 先行していたクオリアとエスが悲鳴を聞いたのは、その時だった。

 丁度角を曲がり、その結末に丁度出くわす。


 地下から引きずり出したであろう魔石だらけの魔物の隣に、雨男アノニマスは佇んでいた。

 雨男アノニマスの左手には、巨漢の肥満体が翳されていた。


「助け、助け、アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ぱぁん、と。

 ディードスの両手両足が、水風船の様に破裂した。 


 何も魔術を使っていない。

 雨男アノニマスの右手による、ただの正拳4発。

 ただ軽く振っただけで、ディードスの肢体がミンチになって吹き飛んだ。


「あ、あひゃああ、あああ、あああああ、あああ」


 赤い驟雨が容赦なく叩きつけられる。

 降りしきるディードスの血肉が、びちゃびちゃと雨男アノニマスと地面、そしてもう立ち上がることも出来ないディードスを濁していく。

 蓑虫の様になったディードスを投げ飛ばす。

 弱り果てていた合成魔獣キメラの前に、転がされた。


「あ、ああ……たしゅ、たしゅけ、θ《シータ》、俺を、たしゅけ」

「こいつはもう、てめぇの言う事は聞かねえよ」


 這う事すらできないディードスに、冷酷に言葉を浴びせる。


「自分をこんな風にした出資者を、ずっと食べたいって思ってたらしいぜ」

「……なん、だと」

「最後の晩餐は、てめぇにしたいってよ」


 ディードスが次に見たのは、合成魔獣キメラの開いた顎だった。

 クオリアも助けに入ろうとするが、雨男アノニマスに道を遮られる。


「やめろ、やめろ、俺は、お前の、主人だぞおおおおおお!?」


 涎塗れの口内が、所狭しと並べられた狂気の牙が、鋼鉄をも一瞬で砕く顎がディードスの視界を覆った。

 逃げられない。


 防ぐ両腕も、逃げる両足も失った。

 激痛を超えて恐怖が迫る。

 ただ自分が餌になるのを待つことしかできなかった。


「た、たしゅけて、あ、ああ、あっ、あっ、あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ、アッ」


 最後に味わったのは、自分がハムのようになった感覚だった。 


 そして一つの肉を噛み千切る音がした。

 あまりに強力な咀嚼に、はみ出た部分が飛散する。

 悲惨にして非業なる死をクオリアも確認する。特に湧き上がる感情はない。


 ただ、目の前の存在に警戒を払う。

 

「人間認識。事前情報より、あなたを雨男アノニマスと認識」

「ロベリアの所の守衛騎士か」


 ぐちゃり、と唯一残ったディードスの頭が血だまりに落ちる。

 ぬかるんだ泥と血で汚れたディードスの首に、誰も見向きはしなかった。

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