第75話 人工知能、自我の目覚めを見る①

 観衆の罵声。投げつけられる物。

 こんな見世物を見に来たのではないと、安全を買いに来たのだと怒号が木霊する。何人かは飽きて帰った貴族もいる。


 憎悪の中心で、しかしクオリアは確かに見ていた。芽吹きつつある自我を。


「クオリア、説明をお願いします。これが不具合ではないとしたら、問いだとしたら、私はどうすればよいのですか。私は、何を要求しているのですか。解は何なのですか」

「それは、あなたが出すべき最適解だ」


 エスは、やがて頭を抱え始めた。

 自分が何をしたいのか、わかっていない。

 少なくとも、ただ八つ当たりしかしない商人を守るというのは、自分勝手な怒りを向けてくる観客の誰かを護衛するというのは違う。

 それは、押し付けられた義務だ。


 今もまだディードスの指示が残っているのか、ディードスに近づこうとするとエスが庇おうとする。しかしその動きは弱弱しい。迷いなく、痛みへの恐怖もなく対象を守るという護衛用魔術人形としては明らかに不良品の動きである。


「私は魔術人形です。だから要求する事は、矛盾しています」

「あなたは誤っている。あなたが魔術人形である事と、心があることは矛盾していない」


 けれど、不良品である事が“心”への入口だった。

 だからクオリアは、エスを肯定した。全力で。


「……私が要求することは一つです。私は、私の役割を探したい」

「提言する。エス――“ハローワールド”への入隊を推奨する」


 ようやく顔を上げる。

 彼女の眼球には、今にも振り出しそうな雨を背景にしたクオリアが映し出されていた。


「“ハローワールド”に入隊する事は、私の役割ですか?」

「それは誤っている。しかし、ハローワールドでの経験は、あなたの役割を定義する補助になる」


 人工知能の演算能力でも、エスがやりたい事を見つけ出すことは出来ない。

 それはエス自身が見つけるしかない事だ。

 しかし、かつては人間ではなかった存在として、人間になって美味しいを創る事やりたいことを発見できた存在だ。


 だから、わかる。


「あなたはハローワールドの活動を通して、あなたの役割をラーニングする。その結果、あなたの役割が美味しい笑顔の検出である場合、ハローワールドの一員として活動し続ける。そうでない場合、あなたは算出した役割に基づいて行動する。それを推奨する」


 そう言って、クオリアは手を伸ばした。


「その行動は、何ですか?」

「握手と定義されている。握手とはロベリア曰く、『これか、らよ、ろしくお願、いします』と約束契約する儀礼だ。あなたはこれから、同じハローワールドの一員となる。その為、握手を必要とする」

「……」


 言葉はなく、しかしエスの右手が自然と延びる。

 握手の仕方が分からず空中で硬直した右手を、クオリアの右手が引っ張る。

 その勢いで立ち上がっても、二人の手は握られたままだった。


「……分かりました。私は自分の役割を探すため、ハローワールドの一員となります。これからよろしくお願いします」

「これ、からよ、ろしくお願い、します」

「あなたの言葉に不具合が生じています」

「状況分析。人間特有の言葉について、ラーニングが不足している」

「……ふざけるな」


 恨めしい声が、空間に重く響いた。

 両肩で息を荒げるディードスが目を血走らせている。歯軋りを何度も繰り返す彼の背後には、未だディードスの糸に繋がれたままの魔術人形が佇んでいた。


「エス、貴様……役割を遂げられなかったばかりか、まさか反逆するだと……!?」

「あなたをクオリアから護衛する役割について、私は続行します。ただし、私はこの後オークションにかけられ、主人をあなたから落札者に移行する予定でした」


 今でもディードスを無力化しようとしたクオリアの行く手を、エスは阻んでいた。まだ残っている“魔術人形”としてのプログラム故だ。

 だがその眼は苛立つディードスに向いている。一人の存在として、ディードスと対話している。


「しかし、誰かを主人とする事は、私の目的について大きな障害と考えます。故にこの指示を最後として、あなたを主人と定義しない事とします」

「……魔術人形共、指令を与える」


 ディードスが最低音階の声で発したのは、エスへの命令ではない。

 後ろで魔石を輝かせている19人の魔術人形達だった。


「――あの不良品をスクラップにしろおおおお!!」


 19の魔石が、19の閃光を開放する。

 そして19の魔石回帰リバース。19の強力なスキル。

 個体としては実力が上だったエスの“ガイア”よりも強大な、千差万別のスキルが出現する。

 何もかもを溶かす灼熱マグマ

 あらゆるものを沈める深海オーシャン

 生きとし生けるものを消滅せしめる雷光ライトニング

 例外なく吹き飛ばす旋風ハリケーン

 全てを押しつぶす隕石メテオ


 それら19もの超常現象が、間髪入れずエスへ放たれた。

 

 一瞬、クオリアはそのエスと重なるものを見た。

 最期の最期で人の心を取り戻したのに、死神の鎌に首を一閃されたマインドという獣人の面影を。


「この、不良品がああああああああああああああああ!!」


 そして、19の着弾。

 爆音が木霊し、世界から音が消え去った。

 残酷にして莫大すぎる破壊が、エスを飲み込む。


「ひひひひ……俺に逆らうからこうなるんだ……」


 巻き起こった砂塵に塗れて、エスの姿は見えない。

 しかしディードスは確信する。19の破壊スキルを受けて、跡形が残っている方がおかしい。

 更に目障りだったクオリアまで巻き込んだ。


 邪魔者が二人も一瞬でこの世から消えたことに、引き笑いをせずにはいられなかった。


 だが、笑いは鳴りやむ。

 砂塵の中に、二つ影がある。

 五体満足の、影がある。


「馬鹿な……あれだけの攻撃を受けて、原型を保っているだと……!?」

「不具合が発生しました」


 ディードスが魔術人形を見る。

 ――大地讃頌ドメインツリーの枝が、全ての魔術人形を雁字搦めにしていた。


「これは、ガイアのスキル……何故だ、今のでエスはスクラップなはず……!」


 唖然とするディードス。

 視界が晴れていく。砂塵が薄くなっていく。

 未だ吹き荒れる余波の中、二つの姿が揺れていた。



『Type SWORD BARRIER MODEバリアモード

 


 エスもクオリアも、スクラップにならなかった。

 クオリアが突き出しているフォトンウェポンの柄。しかし荷電粒子ビームは刃状に伸びるのではなく、二人を包むように広がっていた。


 荷電粒子ビームによる防御展開。

 それは19のスキルを持ってしても、揺るがない城壁と化していた。


「マインドの生命活動停止におけるフィードバック成功。エスの生存を確認」

 

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