第76話 人工知能、自我の目覚めを見る②

 今度は守れた。

 盾を翳した後ろ側、攻撃の余波で黒髪を揺らすエスを見て、クオリアは頷いた。


 マインドの時には守れなかった、“美味しい”の片鱗。

 あの時、クオリアは最適解を忘失する程に激昂した。

 あの怒りを、悔しさを、無念を、一秒たりとてフィードバックしない時は無かった。

 

 だからこそ、後ろでエスがきょとんとしているのが、嬉しかった。

 やっと出来た仲間を、失わなくて良かった。


「お前はいつも、私を守っています」

「肯定する。ハローワールドが守衛する美味しい笑顔には、一員のものも含まれる」

「分かりました。それならば、お前の美味しい笑顔は私が守衛します」


 クオリアは、まるで話題を逸らすようにディードス達の方へ向く。

 魔石“ガイア”によるスキル深層出力、大地讃頌ドメインツリーの樹木に、魔術人形達は全員絡めとられている。


「おのれ……何故だ、何故こうも上手くいかない……」


 地団太を踏むディードスの反応とは裏腹に、クオリアは更なる最適解を算出していた。魔術人形達のスキルならば、全身を束縛する枝や幹を破壊することは容易い。

 ならば破壊される前にと、クオリアが全魔術人形のハッキングの為に駆けだそうとした時だった。


「クオリア、私は想定外の事象を迎えております」


 エスが、ぽつりと呟いた。


大地讃頌ドメインツリーは、魔力で樹木を創造し、敵を圧倒するスキル深層出力でした。ですが今私は、このスキルを次のフェーズに進める事が出来ます」

「説明を要請する。それはどういう事か」

「私にもわかりません。ですがあの元主人と相対してから、あなたと共に戦ってから、魔石から供給される魔力に変化がありました。その影響かと思われます」


 ディードスと敵対したからだろうか。

 クオリアと共闘出来たからだろうか。

 あるいは――自分の意志に従って戦う事によって、精神的なロックが解除されたのだろうか。

 現時点では、エスはおろかクオリアにも算出できない問いだった。


「私のタスクは、魔術人形達を無力化し、元主人の抵抗を不可にする事です。新しいフェーズに進んだ私のスキルであれば、それは可能です」


 エスは目を瞑り、再び魔石を輝かせる。

 先程まで緑だったのが、桃の彩を解き放っていた。



「魔石“ガイア”によるスキル深層出力“桜咲クハニーポット”」



 ぱっと、花が開いた。

 1つ、2つ、5つ――指数関数的に大地讃頌ドメインツリーの枝全てを桃色の蕾が纏わりついた。

 桜。この木の名前を、クオリアは知らない。

 それでも聳え立つは、色褪せた世界を優しく飾りし薄桃色の自然。

 仰いだクオリアの中に、確かに感じた“美味しい”があった。



 やがて桜塗れの枝に巻かれた魔術人形達も、薄桃色に輝く。

 次第に微睡む様に、魔術人形の瞼が閉じていく。魔石の輝きが虚ろへ消え入る。

 魔術人形の意識に反比例するように、桜の蕾が開いていた。


「な、なんだ!? おい! スキルを発動して抜け出すんだよ!」


 一人桜に抱かれていないディードスが魔術人形へ指示を飛ばす。だが魔術人形は深い眠りに遮られ、何も耳に入らない。


「魔術人形達はあなたの指示を果たせません。“桜咲クハニーポット”は、魔力を吸収する桜を生成します。その為、魔力不足になり魔術人形達はスリープ状態へと移行しました」

「な、んだと……エスに、そんな機能が……ひぃ!」


 近づくクオリアを見て、ディードスが後ずさる。


「あなたは獣人の枷を外し、更に魔術人形へ獣人の殺害を指示した。あなたは人間のルールに基づき、身柄を確保されるべきだ」

「お、俺に手を出したらどうなるかわかってんのか……!? へへ、俺は免罪符をもらってる……焼いた程度で効力が無くなるもんか! ルート王女を、あの魔女を敵に回すって事なんだぞ! "げに素晴らしき晴天教会”を敵に回すんだぞ! ここにいるルート王女派の貴族も敵に回すんだぞ!? あれ?」


 強がるが、既に観客の殆どは文句を吐き捨てて姿を消していた。その殆どが魔術人形は信用に値しないという、商品価値としては致命的なレビューを口にしていた。

 ただし、ここにルート王女がいたところでクオリアには関係ない。

 神というラーニング出来ない存在を恐れる道理は、クオリアには存在しない。


「それは、あなたの身柄を確保しない理由にならない」

「ひぃ……くるな……!」

「クオリア、あなたにその行動はさせません」


 しかし、クオリアとディードスの間に割って入ったのはエスだった。


「私は元主人からの、クオリアからの護衛を指示されています。それは無力化されません」

「ひひっ……いいぞ……いいぞ! ようしいい子だ、ははっざまあ見ろ……ん?」


 だがエスは、クオリアへ向かい合っていなかった。

 寧ろ体の正面を、ディードスの肥満体へ向けていた。


「まだ、私の役割は定まっていません。しかし、今すべきことを私は理解しました」

「なんだ、なんだというのだ、その小僧を殺すことだろう……?」

「元主人ディードスを、即ちあなたを無力化する事です」


 思考が追い付かないと言わんばかりに、ディードスの眉間に皺が寄る。


「あなたの指示により、私達は獣人の殺害を実行しました。しかし獣人の殺害は登録されている法律から捉えても、また様々な有益不利益を考察しても、適正な手段とは言えません」

「……エス? お前……」

「何故なら、獣人は殺害されたら、サイコロステーキを食べる事が出来ないからです。私達は、獣人を殺害するべきではありませんでした」

「く、くるな!」


 遂に自分の状況に気付いたらしく、ディードスが更に後退る。

 だが、もう遅い。エスはゼロ距離に立っていた。


「あなたを無力化する事で、これ以上の殺害を停止させることとします」

「何故だ! お前は俺の道具だろう! 道具が楯突くなど……!」

「あなたから、自分を攻撃するな、という指示は受けていません」

「道具のくせに! 商品のくせに! お前達なんかに投資するんじゃなかった!」


 エスの右手が引かれる。

 同時、クオリアも言葉を重ねる。


「あなたは、誤っている」

「お前は、誤っています」


 その勢いのまま、エスの右拳がディードスの鼻っ柱を殴り飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る