第72話 人工知能、悪徳商売会場へ踏み込む③

 “げに素晴らしき晴天教会”とは現人神あらびとがみユビキタスを祀る世界最大の宗教だ。


 『現人神あらびとがみユビキタスの子たる人間はまだまだ欠けた不完全な存在だから、完全な存在たる現人神あらびとがみの意志に従って完全な生き方を目指そう』


 それを信条とした、人間至上主義の宗教である。

 その信条には現人神あらびとがみが“免罪符”で許可し、法が許可しなかった場合は、不完全な人が作った方が間違っている。だから現人神あらびとがみの意志のままに法を破ってもいい、というものがある。


 だがこの時点ではクオリアは、神も宗教も知らない。

 しかし知っていたとしても、クオリアは免罪符を撃っただろう。


「状況分析」


 そしてクオリアが免罪符を撃った結果。

 空間が全て、凍り付いた。


 ディードスは魂を抜かれたような真顔になっていた。観衆は、時間が止まったように硬直していた。クリアランスの騎士達は唖然としてクオリアを凝視する。

 荷電粒子ビームの熱で、免罪符が燃えていく。

 ディードスが思わず手放した時には、免罪符は灰燼に帰した。

 舞う屑を見上げると、ディードスがようやく恐怖を吐き出す。


「お、前、今、何、を、し、た、の、か、わ、か、っ、て、ん、の、か」

「あなたの不正を隠匿する効果があると推測される、免罪符を排除した。これであなたの不正は隠匿する事が出来ないと推定する」


 違う、そうじゃない。

 “人が神へ祈る理由”を理解できないクオリア以外の人間、誰もが思ったことである。観衆の中から当然の如く、罵声が飛んできた。


「この免罪符は現人神あらびとがみユビキタス様の意志だ……! お前は今、現人神あらびとがみの賜物を壊したのだ! この罰当たりが!」

「説明を要請する。罰当たりとは何か」


 観客席の炎上具合を見ても、クオリアはその真顔を崩さない。


「神からの天罰が今に下るという事だ……近い未来、貴様は不敬の咎を受ける!」

「理解した。ならば説明を要請する。何故ディードスは“罰当たり”が適用されないのか」


 指を差されたディードスがたじろぎながらも、模範解答を繰り返す。


「免罪符とは、本来罰に当たるような事でも、その意志のままにお許し下さったという証だ!」

「説明を要請する。何故現人神あらびとがみユビキタスはあなたの不正を承認したのか。その場合現人神あらびとがみユビキタスの信頼度は低い」


 最高の不敬を地雷の様に踏んでいく。


「お前……ルート王女、即ち教皇が黙ってないぞ」

現人神あらびとがみユビキタスをマスタとするルートも信頼度が低い」

「恐怖って言葉を知らないのか? ルート王女に睨まれたら、この世界では生きてはいけまい!」

「それは優先度が低い事項と判断する。今はあなたの不正を阻止し、魔術人形への指示を停止させることを最優先事項とする」


 世界最大の宗教が襲い掛かってくる。ただし優先度は低い。

 ルート王女を敵に回した。ただし優先度は低い。

 この世界で生きてはいけない事態となった。ただし優先度は低い。


 勿論、現人神あらびとがみユビキタスを始めとした関係者の信頼度を、クオリアが低く見積もっている事もある。

 しかし例え本当に神が現れても、クオリアの優先順位やることは変わらない。


 即ちディードスの不正を止め、エスを枷から解き放つ。それが最優先事項だ。


 その回答に、拍手を返した人物がいた。

 どこか晴れ晴れとした様子のカーネルだった。


「残念ながら免罪符を撃ったから効力を失うとか、宗教はそんな簡単な話じゃないのよね。逆にルートって魔女に付け入るスキを与えちゃったのよ、アナタ」


 しかし拍手は止めない。クオリアを讃える。


「でもまぁ、おかげでアタシも言いやすくなったわ。ルート王女でもなんでも、引っ張り出してきなさいってね」


 睨まれたディードス。明らかにルートへの反抗の意志を示した目線と直感した。


「カーネル公爵……なんという事を! どうなっても知りませんぞ」

「生憎、まだ毛ェ生えたてで成人迎えたばっかのルートに好き放題やられて、黙ってろだなんて。そんな合理的に育ってこなかったものでねぇ。宗教を否定するつもりもないけど、だからって法を無視する免罪符だなんて……罷り通る訳ないでしょ」

「カーネル公爵! あなたもユビキタス様を否定するのか! この罰当たり!」

「ええ。神とやらの雷で死ねるなら、そりゃ光栄な事じゃない?」


 百人分の怒号がカーネルに飛来する。しかし鬱陶しそうに耳を塞いで往なしていく。クオリアは耳栓すらしなかった。


 そんな二人を見て、ディードスが歯軋りをする。

 だが直後、彼は観客席の方へ向かう。


「皆様。このような不敬虔を公爵といえど許してよいのか、いいえ良くない筈だ……ですが、ご安心ください。背徳者を目前にしても、魔術人形は機能します……それを今から証明して見せましょう。さあエス、手始めにあのクオリアという不義の騎士を懲らしめてやりなさい」

「……」


 まるで、ディードスの指示が聞こえていなかったかのように、エスはただクオリアを見つめていた。


「どうした!? 聞こえなかったのか! あのクオリアを痛めつけてやれと指示しているのだ!」

「……はい、主人」


 と、ようやくクオリアへの私刑を決めたエスは、表情を変えない。

 鉄仮面のまま、糸に操られたマリオネットの様に、淡々とクオリアに近づく。

 けれど、クオリアはほんのわずかにエスの頬から値を検出した。


 かつて、スピリトが誰も傷つけたくないと躊躇した顔と同じパターンだった。

 かつて、マインドが人質の少女に詫び続けた顔と同じパターンだった。


「その方が手っ取り早くて助かるわ。魔術人形を全て無力化すれば、少なくともルートもあの男を庇う事はしないでしょ。いくわよクリアラン――」


 クオリアを横切って、エスを取り囲もうとしていたカーネルを手で制する。


「あなた達は魔石の破壊という手段しか取る事をしない。それではエスは再び“美味しい”を感じる事が出来ない」

「まだそんな事言ってるの?」

自分クオリアの解は変わらない。問われた場合、永久に答え続ける。自分クオリアは、魔術人形の“美味しい笑顔”を創る」

「……いいわ。やってみなさい」


 結局、前に出たのはクオリアだけだった。

 クオリアの視界で、エスはスキルを発動せんと緑色の光に包まれ始める。


 


「クオリア。主人の命令により、お前を無力化します」

「……あなたを、ハッキングする」

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