第71話 人工知能、悪徳商売会場へ踏み込む②
舞台に上がると、クオリアはエスと目を合わせる。
「説明を要請する。あなたは商品となるのか。それは、あなたが選択した事か」
「いいえ、主人が選択した事です」
エスは自身の行く末を知っていても、何一つ表情を変えない。これが魔術人形のあるべき姿だ。
一方でクオリアも衆人環視の中、何一つ眼光が揺るがない。これが人間として選択した行動だ。
「何を魔術人形に意志があるかのような世迷いごとを……早く俺の商売から出ていけ!」
焦るディードスが手を伸ばすが、クオリアは全く見ずにその手首を掴む。
表情に出ない憤怒を示すように強く握られ、ディードスの顔が歪む。
「あなたは誤っている。魔術人形には心がある」
「なんだと?」
「説明を要請する。あなたは魔術人形の意志を理解しているか」
「そんなもの無いに決まってんだろ!」
「あなたは誤っている」
脅威を認識した瞳が、ディードスの顔をひきつらせる。
「あなたの行動は、魔術人形の心のラーニングを阻害している」
「い……?」
「説明を要請する。あなたは魔術人形に何故獣人の生命活動停止を指示したのか」
「護衛用の魔術人形として解き放たれた罪人を滅するのは、当然の事じゃないか」
「あなたは情報を隠匿している。獣人の枷を外したのは、あなたの指示によるものと推測する」
「何を証拠にそんな事を……おいエス!」
ディードスの怒号がエスに届く。
糸に繋がれたように頭が動き、空虚な瞳がクオリアを捉えるや否や、胸の魔石が翠色に煌めいた。
『ガイア』
「
エスが右手をクオリアへ伸ばす。躊躇いはない。
舞台の石畳にガイアのスキルが染み渡る。人一人を吹き飛ばすには十分な巨大さと速度で、円柱が飛び出した。
「最適解、変更」
その断面図を見ることなく、クオリアは後退して避ける。しかしディードスを掴んでいた掌を離さざるを得ない。
「回避されました」
「僅かに予測と誤差があり。次回の回避にフィードバックする」
今まで戦ってきた相手と違い、一切の敵意を感じない。
彼女がやっているのは戦闘ではない。
主人の指示に従ってスキルを発動するだけの、流れ作業だ。
再びクオリアがディードスに詰め寄ると、再び変動する大地がクオリアに襲い掛かる。だが先のリーベとの戦闘で得ていたラーニング通りだ。無傷でかわし切る。
エスの戦法に対しては、最適解を検出している。
だがエスの心が、クオリアにはまだ見えない。
「エス。攻撃的行為の停止を要請する」
「それは出来ません。主人の指示と反しています」
「魔術人形に心があるなど……戯言を抜かしおる。どうです皆さん、これが魔術人形です! 貴方達を難関辛苦からお救いする、最高の兵器です!」
観客席から喝采が響き渡る。歓喜のシャワーを大の字で浴びて、高揚しているのはディードスだけだった。
クオリアもエスも、面持ちに変化はない。
「……まあ、アナタが獣人の拘束を解いたっていう証人なら見つかってるわよ」
だがその異空間に、腕組しながら土足で入り込むのがカーネルである。
「アナタに協力した騎士の名前、ワイルド君って言うんでしょ? さっき吐いたみたいよ?」
「……何を、そんな馬鹿な」
「ロベリア姫のコネクションの広さ、尋常じゃないわよ? 調査、特定、尋問。それを30分で仕上げちゃったからね? しかも一睡もしてないあの体で」
ロベリアが裏で駆けずり回っていた。
クオリアとしては疲労を回復してもらいたかったのだが、どこか共に戦っている感じもあった。
この感覚は、心を自覚していなければ味わえない。
「ディードス。アナタはただパフォーマンスの為に囚人脱獄の補助をし、ましてや獣人を殺害するという指示を魔術人形に仕込んだ。こんなのは正当防衛でもなんでもない。囚人への私刑は固く法でガチガチに硬く禁じられてるのよね。アカシア王国公爵として、このオイタは見過ごせないわ」
カーネルの背後で、漆黒の甲冑が行進音を連続させていた。
誰も彼も戦闘の精鋭達。更に各自の意志を持って、クリアランスとしての任務に従軍している。
ただカーネルの糸に操られている訳ではない、選りすぐりの騎士達がディードスへ突き進んでいた。
「……ククククク、グヒヒヒヒヒ……」
だがカーネルと敵対しても、クリアランスの波が迫ろうとも、ディードスは余裕を崩さなかった。それどころか、笑みを零していた。
気が触れたとはカーネルは考えず、ディードスを深く睨み続ける。
「カーネル公爵……あなたはヴィルジン国王と仲が良いようで」
「ええ。彼とは従兄弟にして
「噂で聞いた話、ヴィルジン国王はその座を退任されるようで」
「根も葉もない噂話ね」
「そうせざるを得ないとの事ですよ……なにせヴィルジン国王派は、ルート王女に完全な劣勢を強いられているとの事で」
「……何となく分かっちゃったわ。アナタの切札」
一切の苛立ちを見せず、言葉だけで返すカーネルに遂にディードスは取り出す。
右手に掲げられたのは、神の世界を象る一枚の札。
風が吹けばはためく程度の札を見た瞬間、クリアランスの行進が止まる。それどころか殆どの騎士達が愕然とした。
「め、“免罪符”……」
クリアランスの一人が口にすると、その場にいた観衆達も一気にどよめいた。
「この免罪符は“げに素晴らしき晴天教会”教皇であるルート王女から賜ったものです! 書いてある内容は『神に代わり、地を乱した蒼天を騙る獣人に罰を与え、人々に魔術人形を与えよ』との事。その為の行いは、例え法が許さずとも、神が――即ち全世界の“げに素晴らしき晴天教会”が、それを許すという事なのです!」
カーネルを前にして、クリアランスを前にして、その商売経験で培ってきた舌の回り具合にストップがかかることは無い。
狼狽こそしないものの、カーネルは舌打ちをするのだった。
「……やっぱりあの魔女が関わってたのねぇ。その免罪符、高かったでしょうに……っていうか野次馬よく見たら、ルート派の貴族ばっかじゃない。“げに素晴らしき晴天教会”の重鎮もチラホラ。成程、
「つまり! この免罪符が私に与えられたという事実がある限り、このオークションを止める事はぁ!! ルート王女以下“げに素晴らしき晴天教会”を全て敵に回すって事なんですよぉ! カーネル公爵! あなたはルート王女と全面戦争するおつもりですかぁ!! ひゃーはっはっはっはっは!!」
ノイズの笑い声が響き渡る中、クオリアはまだ状況分析が出来ていなかった。
「エラー。何点もの単語が登録されていない」
“げに素晴らしき晴天教会”。
“免罪符”。
これらの言葉について、まだラーニングしていなかったからだ。
「さあ、あなた方は――
ただ、一つだけわかることがあった。
どうやらあの免罪符には、何かの力があるらしい。
「
ならば、クオリアの行動は明快だ。
『Type GUN』
人工知能は、神なんて知らない。
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