第70話 人工知能、悪徳商売会場へ踏み込む①
「畜生! 一体どうなってんだ!」
一方、舞台裏のテントの中でディードスは激昂した。
想定外の事態だった。苛立ちが沸々と浮かび上がる。
「何故6割もの魔術人形の応答がない……? 騎士達にここまで魔術人形を一方的にやれる奴がいたのか……? くそっ、何がどうなってやがる!」
視界に並ぶ魔術人形の数が、明らかに少ない。集合の号令を掛けたにもかかわらず、まったく集まらない。
最初は50体いたにも関わらず、20体程度しかいないのだ。
獣人の抵抗を考慮しても、騎士の横槍を加味しても、ここまで数が減るほど魔術人形は軟ではない。
「くそっ、俺の億万長者計画が……おい! 残りの30体はどうした!」
何度も両手で抱える透明色の水晶に訴えかける。
遠隔で複数の魔術人形を操作するための特殊な魔石だ。しかしその役割を十二分に果たすことは無い。
少なくとも30体の魔術人形に、魔石からの力は届いていない。
エスが言葉も発せぬ魔石に代わり、状況を伝える。
「それは出来ません。30体の個体は我々のネットワークからもロストしており、探索は困な――」
甲高い音。
言葉の途中で、ディードスの平手に頬ごと弾かれた。
「てめえらは物なんだよ! 主人の言う事に従うのがウリだろうが! 俺が来いと言ったら来るんだよ! スクラップになっても来るんだよ!」
「……はい。学習しました」
痛がる様子もない。
恨む様子もない。
ただ主人の怒りから優先度をくみ取り、今後の行動に活かす。
それだけが魔術人形に許された、唯一の思考だった。
しかし、そのビンタで口内を切っていた。
血は流れない。
けれど、口内の破損状況は舌でも感じ取れた。
ふと、エスの口からこぼれた。
「美味しく、ないです」
「ああ? なんか言ったかエス!」
「僅かな思考の不具合を確認しました。修正いたします」
「……くそっ、売り上げが」
舌打ちをしながら、横幕の隙間から外をのぞき込む。
百人は下らない雑踏が目に入った。
「だが……いい集まりだ。たんまり肥えた貯金箱があんなに。まあ20人でも十分な利益になる……」
自身の贅肉など棚に上げて、ディードスは頬を吊り上げる。全員身に着けているものが良い。金を持ってますと額に書いているようなものだ。
彼らは即ち、今日の上客だ。
商品は、後ろで物言わず並ぶ魔術人形だ。
今からディードスがやろうとしているのは、魔術人形のオークションだ。
まず賄賂を渡した騎士と協力し、蒼天党の獣人を上層の近くに解き放つ。サクラも使って、蒼天党の恐怖を煽る。そこを魔術人形が蒼天党の首ごと、恐怖を刈り取る。
からの魔術人形のオークション。仕込みも展開も完全にうまくいった事は、参加者の集団が示している。また蒼天党の連中が暴動を起こしても守ってくれるような、そんな反抗せぬ魔術人形を求めて彼らはやってきたのだ。
「……もし俺の商売を邪魔しているとしたら、ヴィルジン派の騎士で間違いないだろう。しかし俺には2つ切札がある。例えヴィルジン様がやってこようともワンパンだ!」
自分に言い聞かせるように、一度テントから離れて人目のつかぬ箇所まで降りていく。化物の様子を見るためだ。
「念のため貴様も連れてきてよかったぞ……
その檻には、魔物がいた。
四足歩行の、巨大な頭と紫色のうろこが特徴の爬虫類だった。
涎を垂らす咢の大きさだけで人を数人丸のみ出来る大きさ。実際、ここに来る前に何人もの命を喰らってきただろう返り血がまだ残っていた。
それだけでなく、両手両足も筋骨隆々の鋼で構成されている。当然力も異様だ。最硬度の錠がひゃげているのはそれが理由だ。
何より全身に纏わりついた無数の魔石。異常な魔力の塊でもある。
だがディードスの指示には従う。絶対服従。これはディードスの設計通りだった。
勿論、こんな魔物はこれまで存在しなかった。
何せ、ディードス投資のもと、非公式に作られたのだから。魔物の合成、魔石の力を全て結集させて作り出したのだから。
それこそ
ダンジョン深層の魔物すら並みであれば秒で平らげる、最悪の生物兵器である。
「さあ、いい子にしていろ。あいにくお前を売る気は無いからな。だが騎士達が無粋にも大量できた時には話は別だ。あの場所は商売の場所から、お前の餌場となるからな」
『ギァァァアァ』
どんよりと心臓を強振で破裂させるような咆哮。
地下室でなければとても飼育は出来ない。咆哮を聞かれただけでも、口封じには十分な理由だ。それくらいに
これが、1つ目の切札。
そして、2つ目の切札はわざわざ今出すものではない。
「さて……金儲けの時間だ!」
「さあ皆様、長らくお待たせいたしました。突然の周知にも関わらずこれだけ集まっていただけたことに私ディードス、感無量でございます。商人として皆様がお求めになる武器を提供出来る事、心より御幸甚に存じます」
ワァ! と観客から歓声が飛び出す。
掴みは上々。期待大の感情を二百の眼からつかみ、ディードスは本題に入る。
「さあ、ここにいるエスという
ディードスの舌は回る。
喋る度、金を求めて潤滑油が溢れる仕組みだ。
「ですが魔術人形は違う。圧倒的な力で、何も言わずあなた達を守ってくれる。あなた達を神の失敗作である獣人や、気の触れた精神障碍者達から守ってくれる。もう騎士達に縋る時代じゃない。絶対的安全神話は、お金で買えるのです! 魔術人形の技術は進み、メイドや医療系、危険な場所での作業用の魔術人形もロールアウトされようとしている新時代の幕開け! その先駆けとして護衛用の魔術人形を買ってみようではありませんか……ん? おい、あんた。ちょっと」
ディードスの声に呼応して、観衆たちも困惑の色を隠せない。
広場中心の舞台に、中性的な面持ちの白髪な少年が突如上がってきたのだから。
しかも護衛の人間が、いとも簡単に気を失っている。全員顎に一撃を受けたようだ。
「なんだお前は!」
ディードスは聞いた。
「本個体は守衛騎士団“ハローワールド”の一員、クオリア」
クオリアと名乗った少年のアドリブに、ディードスの時間が一瞬だけ止まっていた。
「く、クオリア!? あのサラマンダーを倒して、上層で獣人を鎮圧したっていう」
「おじゃまするわよー。あーら、悪銭しこたま儲かってんじゃなーいの? ディードス」
しかもさらに背後からの声で、ディードスの時間が更に固まった。
「げえっ、カーネル公爵」
クリアランスの中で先陣切って、緑髪のオールバックに厚い唇が売りのカーネルが舞台に上がってきていた。
ディードスは、動けなかった。
気づいた時には、迫るクオリアとカーネルに挟まれていた。
前門の人工知能、後門のオカマである。
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