第69話 人工知能、雨男の存在を知る

「そもそも気にならなかった? 魔術人形、思ったよりも少なすぎるって」


 クオリアがエスと共に回っていた箇所とは別の区画では、魔術人形が消失するという事態が発生していた。


 クリアランスも、魔術人形の破壊に奔走していた。

 しかし実際に破壊した魔術人形の数は、想定よりも少ないものだ。

 解き放たれた獣人の数や、事前に得ていた戦闘情報から推測した個体数を明らかに裏切るものだった。


「魔術人形の個体数の少なさについて、懸念事項として記録していた。1時間で、コンタクトを取れた魔術人形は破壊済みも含め3体のみだった。これは、予測数を遥かに下回っている」

「この話には続きがあるのよ」


 と順々に話を続けるカーネルと共にある地点まで行進するクオリアは、クリアランスの騎士の目撃証言を耳にした。


 ようやく魔術人形の一方的な獣人蹂躙を目の当たりにして、無垢な少年少女を無力化しようとした時だった。


 


 魔石の破壊なく、一瞬で魔術人形の意識を奪う。

 そして同じ速度で、魔術人形を抱えながら曇天へと放たれる。

 その存在が騎士達に見せた行為は、これだけ。


 


「この人物についてはさっきロベリア姫から連絡があってね。“雨男アノニマス”と呼ぶらしいわ」

「状況分析。“雨男アノニマス”は古代魔石流出の情報をロベリアにインプットした存在」

「さっきロベリア姫のおうちにお邪魔しに来たらしいわよ……ああ、ロベリア姫やあの猫耳メイドのアイナちゃんには何も実害は与えてないわ」


 既にクオリアの気にする所ウィークポイントは心得ているようで、先回りした小さな配慮を付け加えた。


「説明を要請する。“雨男アノニマス”とは、誰か。何故魔術人形を回収しているのか」

「今のところ一切謎ね……ただ言えることが二つ」


 ピースのサインをした直後、指を天へおっ立てる。


「一つ、何らかの手段で誰よりも早く古代魔石“ブラックホール”の流出に気付いた」

「肯定。自分クオリアの認識と一致する」

「二つ、何故かロベリアの親友であるラヴと何かしらの関係がある」

「それは、自分クオリアの認識には登録されていない」

「じゃ、今更新なさい」


 ふぅむ、とカーネルが無精ひげの顎に手をやりながら続ける。


「ラヴは、魔術人形としても、ちょっとだけ出自が特殊だからねぇ……イレギュラーな関係があるのは理解はできるけど」

「説明を要請する。それはどういう意味か」

「……ロベリアに聞いちゃえば分かるから、いっそ話しちゃうわね」


 両肩を竦めながら、カーネルが質問に答える。


「ラヴに埋め込まれていた魔石は、”だった」

「説明を要請する。古代魔石は魔術人形の核となるのか」

「理論上はね。それを証明するためのプロトタイプだった。でも、古代魔石の力を使う事は出来なかった。その為に、戦闘用としては失格の烙印を押されたのよ」

「それは誤っている。戦闘力は、魔術人形の一つの面でしかない。“落ちこぼれ”の評価を下すべきではない」

「残念だけど、そこは倫理持ってくる所じゃないのよ」


 冷酷な現実にクオリアは納得しない。

 何も知らない人間が下す“落ちこぼれ”の評価程、何も生まないものは無い。完全なる人間だったころのクオリアは、その落ちこぼれの評価をサンドボックス家から受け続けたせいで、首を吊った。

 しかし、その正反対の優しさで包み込んだ女性を知っている。兵器から人間へと引き戻した女性を知っている。落ちこぼれだろうと、ずっと寄り添い続けた女性を知っている。


「ただ古代魔石は未だ未知の部分が多いからねぇ。自我が発生するのも分からない話ではないわ」

「それは誤っている。ラヴが“心”を持ったのは、古代魔石だからではない」

「いやに確信的じゃない」

「結論。魔術人形には、心がある。エスから学んだ」


 抑揚は無かった。棒読みだった。

 それでも、クオリアの心からの言葉であると確信するくらいには、カーネルには重く感じ取れた。

 迷いはない。ロベリアの経験談をインプットしたからというものでもない。

 

 しっかりエスとの交流を経て、仮説から結論に至っていた。

 魔術人形には、心がある。


「状況分析。“雨男アノニマス”については保留と判断。リーベについても探知機レーダーに反応を確認次第最優先事項とする。これより自分クオリアはディードスの基に向かい、魔術人形に仕込んだ獣人殺害プロトコルの意図を探る。必要な場合、魔術人形を“”した状態で無力化、ディードスからの避難を実行する」

「そうね。ひとまずディードスがこの騒動の中心にいることは確か。根を引っこ抜けば、全部付いてくるでしょう」


 クオリア、カーネル、そしてクリアランスの精鋭達は三者三様に足を止めた。

 かつてアロウズと対峙した時のような、集会場の広場。ただし、田舎のサンドボックス領のそれよりも更に広い。

 集会の用途があるとはいえ、不自然な程に身形の綺麗な人間が集まっている。貴族や上流階層ばかりだ。

 まだ見えぬ、人の流れの行く先を見据える。


「間違いないわ。ここがあの男のハウスね」

「状況理解。ここにディードス、エスがいる事を理解。移動を開始する」

「おいちょっと待て! 独断行動をするな!」


 クオリアは聞くや否や、人を押しのけて一気に進み始める。

 クオリアの一番槍に、黒衣の守衛騎士達クリアランスも不意を打たれた為に慌てて追随した。

 リーダー格の壮年は留まり、カーネルと共にクオリアの後姿を見つめていた。


「本当に不思議な子ですね」

「ええ。けどクオリア、伸びるわよ。次世代の騎士タマ担うのは彼ね」

「クリアランスに招待しますか」

「スカウトして来ちゃう子なら最初から要らないわ。月が綺麗なのはずっと届かぬ空に在り続けるから……芯も筋も通しているからこその、あの強さなのよ」

「……まあ、人に素直に従う子には見えませんな」

「“ハローワールド”として、ロベリア姫を守ってもらった方が都合もいいわ」


 カーネルも雑踏に紛れてクオリアの軌跡を追いつつ、行き先を案じて溜息を吐く。


「でもまだ世界を学びきれてない井の中の蛙。彼が踏み込んだのは真実の入口。世界を知って、折れるか大きくなるか、見物ね」


 


 



 

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