第65話 人工知能、ラーニングできない相手を攻略する

 リーベという存在が“認識できなくなった”一本道を、クオリアとエスは見渡す。だが二人の眼にリーベは映らない。それどころか動いているはずの足音や、砂埃の発生まで感じる事が出来ない。


真赤な嘘ステルスを確認しました」

「状況認識。物質的認識を誤らせる、認識への干渉と判断。これまでの魔術パターンとは大いに異なる」


 右目に古代魔石の探知反応。しかし実像は存在するものの、認識ができない。

 すぐさまエスを抱えて再び飛び退くと、古代魔石のポインターは通り過ぎて離れていく。


「……人間ンンンンンン!!」


 リーベの咆哮の音源が特定できない。

 頼りになるのは、再び接近を示す古代魔石の探知情報のみだった。


「リーベの殺害行動を開始します」


 エスが四方八方に“ガイア”のスキルを発動させ、あらゆる個所に円錐を出現させる。範囲全体を制圧するという見えざる敵への常套手段だ。


「回避されました」


  それでも探知機レーダーのポインターの移動は僅かにズレただけで突進の様子は変わらない。


 獣人特有の人間を凌駕する感覚能力と身体能力。これを駆使してエスの全体攻撃を往なしている。激昂はしているが、故に研ぎ澄まされた反射神経と速度で地面からの槍を回避しきったのだ。

 狙いが定まらない状態で闇雲に範囲攻撃しても、偶然でも当たる公算は低い。

 ならば相手の動きをラーニングし、最適解を導き出すしかない。


 


「予測の損傷個所と異なる。フィードバックする」

 

 、クオリアは探知機レーダーのポインターだけを頼りに回避する。強烈な爪による斬撃の余波が、クオリアの服を破く。


「俺達が受けた痛みはこんなものじゃねえぞ……人間」


 真赤な嘘ステルスは五感による認識の一切をさせない“何か”だ。人の目線を誘導するミスディレクションの超強力版。これのせいでクオリアはリーベを見る事も、聞くことも、感じる事も出来ない。


 つまり、ラーニングに必要な情報が収集できない。

 最適解を発することが出来ない。

 ……


「エス。この場からの退避を要請する。あなたの“スキル”はリーベとは相性が悪い。あなたではリーベの無力化は出来ない」


 見えざる死神の鎌を目の当たりにして、徐々に傷に塗れたクオリアは、しかし自分のダメージの事など考えていなかった。同じように淡々と理不尽な殺意に晒されているエスの生命活動停止のみを懸念していた。

 確かにエスのスキル“ガイア”は、人間では到達できない大地の超常現象を引き起こすものだ。特に乱戦の戦争時においては、一体で一軍を滅ぼす程の無類の強さを誇るのかもしれない。


 だが今日の相手は、強大な強さの隙間を突く天敵。

 エスでは、ただ殺されるのを待つだけだ。しかしエスは分かっていても反論する。


「その要請は受託できません。私の指令に反します」

「要請棄却を否決する。あなたの生命活動が停止する。それは、ディードスからの指示よりも優先されるべきだ」


 エスは一瞬だけ、既に活動を停止した魔術人形を見た。

 リーベの爪に引き裂かれ、魔石ごと分断された仲間の躯である。


「私の停止よりも、主人からの命令を果たす方が優先されます。私はリーベを殺害します」

「あなたは、またサイコロステーキを食事したいと思わないのか」


 エスからの返事が一瞬遅れた。

 その間にも、クオリアはエスを抱きかかえて横に転がる。更に起き上がるや否や、エスを抱えて後ろに飛びのく。クオリアの右目が、古代魔石を抱えるリーベから距離をとれた事を表示する。

 僅かばかり、その目の横に裂傷が出来ていた。


「予測の損傷深度が異なる。フィードバックをする」


 クオリアが荷電粒子ビームを何も見えない目前に放つ。僅かに探知機レーダーから生じたリーベの位置が、横にずれた。


「理解を要請する。“美味しい”は、生命活動の維持が必要条件だ。だからあなたがサイコロステーキを食事する為に、新しい“美味しい”を取得する為に、あなたの生命活動は停止してはならない」

「……その要請は受託できません。私の指令に反します。私はディードス様に従う魔術人形です。私個体の存続よりも、獣人の殺害は優先されます」

「説明を要請する。それはあなたが出した最適解か?」


 再びクオリアが回避する。その数だけ全身に浅い傷が増えていく。


が選択をした場合、生命活動の停止が考慮に入ることに問題は無い。だが今のあなたの行動は、ディードスによって強制されたものだ」

「……それが、魔術人形の特徴です」


 どんどん返事が遅くなっていく。淡々とした物言いの中に、人間としての値が検出されていく。

 しかしこれ以上クオリアも“美味しい”を押し付けるつもりもない。クオリア自身、知っているからだ。


「ラーニングは、長い時間を必要とする」


 心のラーニングは、中々終わらない。 

 クオリアもまだ、ラーニングが完了していない。

 だからこそ、クオリアがする事は最初から一つだけだ。


「あなた達が自分の最適解を得るまで、あなた達の生命活動は自分クオリアが守る。自分クオリアは、またあなた達と一緒に“美味しい”ものを食事する」

『Type SWORD』


 クオリアの右手に柄が出現した。

 荷電粒子ビームの刃を、横薙ぎに振るった。

 その先には誰もいない。何も見えない。何も感じない。


「……うっ!?」


 それでも荷電粒子ビームはリーベの左腕を捉えていた。

 証拠に一瞬だけ現れたリーベの左腕に、微かな黒焦げ模様が映し出されていた。狼狽する声を、やっと聞いた。


「何故だ……見えていないはずなのに……いや、さっきから貴様、何故俺から受ける傷が減っている……?」

「状況分析。あなたの挙動における予測の誤差、5%にまで低減。あと2回の、あなたの攻撃的行為をインプットに、誤差を限りなく縮小した最適解算出を可能と判断」


 見えない、聞こえない、察知できない筈のリーベを、真赤な嘘ステルスをラーニングし始めた瞬間だった。


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