第64話 人工知能、暴走する獣人のリーダーと邂逅する


 一切認識不可の動きを、クオリアだけが辛うじて察知することが出来た。

 視覚聴覚触覚嗅覚味覚――全てに彼の動きは引っかからなかった。だが右目に填め込んだ探知機レーダーシステムからの古代魔石の反応のみで、“”影があったからだ。


 更に、目前にはボロボロにされて倒れている魔術人形。

 

 クオリアはそう判断した。


 右目の反応は、前を行くエスに接近していた。

 エスは気付かない。気づけない。

 だから、クオリアはエスを庇う様に飛び込んだ。


 結果、背中に三本の線が刻まれたのはクオリアだった。


「今、何が起きましたか? 私は理解できませんでした」

「状況分析。通常の五感では検知できない正体不明のエネミーを認識」


 突如の襲撃に驚くことなく、エスは起き上がる。

 背中の裂傷に喘ぐことなく、クオリアは立ち上がる。

 ――エスは、深く傷ついたクオリアの背中に大きく目を見開く。


「何故あなたは、その背中に傷を受けているのですか」

「説明を要請する。あなたには損傷はないか」

「私は全く故障していません。あなたが傷を受けています」

「理解を要請する。中度の異常の為、戦闘続行は可能」


 再びレーダーに反応。

 自らの位置とレーダーの反応が重なる瞬間を捉え、エスと共に飛び退く。今度は左肩に僅かな切り傷だけで済んだ。

 クオリアは見えざる存在が通り抜けた方向を見る。


「解除」

 

 何かのヴェールが晴れたかのように、朧気ながら猫耳獣人が視界に映っていた。右手の爪に、クオリアの血がこびり付いている。

 そして振り返った表情に、呪われたかの様な目の下に隈が深く根付いている。


「お前、俺が見えるのか?」


 返事が出来ないどころか、一瞬演算が硬直した。

 やっと得られた顔の情報。その値が、アイナに酷似していたからだ。


「対象を認識しました。蒼天党のリーダーである“リーベ”ですね」

「……状況理解」


 直後のエスの指摘で、クオリアも腑に落ちた。アイナの兄であるなら、視覚情報から得られる値が酷似するのも頷ける。

 ただし今度は『目の前で断頭されて死んだ』というアイナの発言と矛盾するが、今はそれを考慮している暇はない。


 目前のリーベは、古代魔石“ブラックホール”を直接所持している。

 当然起動させればここ一帯が消滅してしまう。それは最優先で避けなければいけない。


「説明を要請する。あなたは古代魔石“ブラックホール”を所持し、何をしようとするのか」

「古代魔石を持っていることに勘付いていたのか? ……誰だ?」

「本個体は守衛騎士団“ハローワールド”の一員、クオリア」


 リーベの右目がぴく、と動く。


「クオリア……そうかお前か。上層の古代魔石を止めたっていうのは」

「再度説明を要請する。あなたは古代魔石“ブラックホール”を所持し、何をしようとするのか」

「……聞かなくても分かんだろ。俺は王都を滅ぼせる爆弾をもって上層に向かってるんだ。俺は綺麗な花火にするつもりだ」

『Type GUN』


 その返答を聞くや否や、クオリアはフォトンウェポンを一丁、リーベに向かい水平に構えた。


「これ以上進攻行為を実施した場合、王都の大規模破壊阻止を優先し、あなたの生命活動を停止する」


 これは、理性を保った人間としての判断だ。

 クオリアはリーベを殺害する覚悟を決めた。


 上層で花火ブラックホールを打上げさせたら、上層は壊滅する。

 数多の笑顔が失われ、この王都で二度と“美味しい”を検出出来ないかもしれない。


「あなたは誤っている」

「誤っているのは獣人を除けた世界だ」


 反射的に、しかし憤懣を声色に乗せてリーベが答えた。


「……今更俺達獣人に正しさを求めるのか? 社会から徹底的に排除し続けたお前ら人間の行いが正しかったというのか? 俺達からの報復は必然だという考えすらないのか? お前達は、俺達から何もかも奪っていく一方なのに!!」

「それはあなたが正しい理由にはならない。王都を滅ぼしても、獣人に対する境遇が改善されないのは容易に推測される。誰も“美味しい笑顔”にならない」

「獣人に笑顔なんてない」

「アイナはみんなを“美味しい笑顔”にしている」


 語気を強めてクオリアが言い放つ。


「“美味しい笑顔”を創ろうとしているのはアイナだけではない。ロベリアも人も獣人も魔術人形も笑顔にする役割を引き継いでいる。他にも獣人にも分け隔てなく、有益な扱いをする人間も存在する」

「……アイ、ナ」

「状況分析。あなたは人間の優しさに触れた事がない。だからこのような行動に繋がっている。だから進攻行為の停止を要請する。何より、アイナはあなたの妹である可能性が高い。そのアイナとの接触は、あなたに人間の優しさを――」

!!」


 獣人の咆哮がすべてを停止させていた。

 クオリアの言葉も、行動を開始しようとしていたエスの動きも、リーベそのものも。


「アイ、ナ、アイ、ナア、イナ……ああ、そうだ……そうだ」


 その時、クオリアは見た。

 時さえ凍り付いたようなリーベの体そのものが蒸発してできたような、黒いオーロラが広がっている。


「状況分析。。説明を要請する。その暗黒物質は何か」

 

 リーベはその問いには答えない。聞こえてすらいない様子だった。

 暗黒の空間の中、血走った二つの眼球をこちらに向けるのみだった。


「アイナは……三年前、あの時、いなかった、もう。死んでいる。お前、嘘つきだ」

「アイナは生命活動を維持している。虚偽は無い」


 またクオリアの言葉を聞かず、絶望が服を着て歩き始めた。


「俺は、やっと檻から出られた。“げに素晴らしき晴天協会”の奴らを、……でも、もうアイナはいなかった、アイナの匂いがいっぱいする血だけが残っていた、いっぱい、いろんな事されて、殺されたに違いない、まだ12歳だったのに、優しかったのに、誰よりも。もう、いない。俺のたった一人の、家族だったのに、どうして、どうして」

『ガイア』


 隣のエスから、若葉色の光が出現する。

 全身に帯びた緑色の魔力が、地面に作用した。

 “ガイア”のスキルで満たされた地面が、僅かに脈打つ。


「これよりこれより主人マスタの要求に基づき、蒼天党の獣人を殺害します。魔石回帰リバース


 幾重も地面から円錐が飛び出す。上位の魔物さえ軽々と貫いた大地の槍。

 それが津波の様に、怒涛の勢いと数をもってリーベに押し寄せていた。



?」 

 


 だが、穂先は何も掠めはしなかった。

 真赤な噓ステルス

 直前で認識出来る世界から、リーベが消失していたからだ。


 真っ赤な真っ赤で真っ赤に真っ赤な、血みどろの噓が始まった。


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