第63話 人工知能、魔術人形とよく似ている。だからこそ②


 魔術人形らしからぬ発言を聞いて、クオリアは再び空白のようなエスの瞳を見返す。


「説明を要請する。本来魔術人形に食事は必要ないと認識している」

「必要ありません。しかし、私はそれを求めています」

「説明を要請する。“美味しい”を要求しているのか」

「分かりません。しかし、主人からの命令に背反しない為、問題はありません」

「要求を受託する」


 クオリアは特に断る理由もなかったので、残りのサイコロステーキを渡した。

 一つずつ、一つずつ。初めてとは思えないくらいに、丁寧に咀嚼を繰り広げた。

 味わっていた。


「説明を要請する。美味しいか?」

「はい。美味しいです。もっと要求します」

「要求は否決する。自分クオリアはこの場には、金銭を持ち合わせていない。新しく食べ物を得るには、対価となる金銭が必要だ」

「金銭は、どうすれば獲得出来ますか」

「役割に設定された報酬で、獲得することが出来る」

「矛盾しています。主人は私の役割に報酬を渡しません」

「それはディードスが、あなたを道具と認識しているからだ」


 道具と認識しているのは、ディードスだけではない。魔術人形を知る大半の人間が、魔術人形を報酬不要の道具として認識している。

 機能不全に陥るまで酷使し、動かなくなるか破壊されたら問題なくスクラップ。

 これが人間にしていい仕打ちな訳がない。


「あなたの魔石にハッキングし、ディードスからの指示記録を消去する」


 しかし道具から抜け出すには、ディードスからの指令が邪魔だ。

 再びエスの胸に指を伸ばす。少女の胴体に迂闊に障ることは禁足事項として登録されてはいるが、今回は事態が事態だ。ロベリアやスピリトよりも幼く短背ながらも、将来が見込める突き出し方をした胸に、特に邪な感情エラーを吐き出すこともなく手を伸ばす。


「私の魔石に、何か意図があるのですか」

「あなたの魔石にハッキングする。それには、あなたの魔石に触れる必要がある」

「分かりました」


 特にハッキングという言葉の意図など露知らずでそう言うと、

 つまり、上半身裸になろうとしていた。


 クオリアがその手を止めた時には、臍の上まで白い素肌が露出していた。


「その行動は誤っている……エラー、エスに不利益を与える行動の為、視覚情報取得を破棄……破棄不可」


 あどけないながらに完成しつつあった腰の括れ、更には膨らみ始めが分かる乳房の麓部分。メモリに焼き付いて離れない。目を瞑っても、クオリアの思考回路に不具合が生じ始める。

 一方で半裸を晒しているエスは、クオリアに見られたことも、周りから奇異な目で見られていることも特に顧みることなく、いつもの調子で問うのだった。


「何か異常がありましたか」

「説明を要請する。何故あなたは服を脱ぐのか。それは女性のあなたに不利益な行為と認識する」

「お前が魔石に触れるためには、服を脱がなくてはなりません」

「その必要はない。その布地であれば、服の上からでも問題は無い」

「また、私は女性型の疑似肉体をしていますが、特に恥じらいなどの機能は実装されていません。よって私の裸体を提示する事に、私は抵抗がありません」

自分クオリア抵抗ノイズが発生する」

「私は娼婦用の魔術人形ではない為、性的魅力は保持しておりません。もしお前が性的行動を求めている場合、娼婦用の魔術人形の注文を推奨します」

「否決する。自分クオリアはあなたに“美味しくない”行動を取らない」


 例え相手から一緒に風呂に入り胸襟割って話そうとか、別に風呂場で眼を開いてもいいよとか、そして裸を見られても問題ないと言われようが、クオリアは女性の裸体を見たり触れたりという行動をとらない。

 確かに女体は魅力だ。そう感じるのは、クオリアという少年の仕様だ。

 

 だけどそれは“美味しくない”。

 不揃いな根拠の元で出した結論だが、クオリアは頑なにその意志に従う。


「……!」


 同時、クオリアは検知した。

 少しだけ疑問符を浮かべたようなエスを背景に、探知機レーダーシステムと連動するのコンタクトレンズが反応を示していることを。


「古代魔石“ブラックホール”の信号を検知」

「近くの魔術人形の無力化を確認しました」


 その言葉はほぼ同時だった。

 エスは仲間の魔術人形の異常を察知していた。魔術人形同士、遠隔的に互いの位置を知らせる能力が働いている。


 結果、別々の異常を察知した二人は同じ方向を見ていた。


「魔術人形が、蒼天党の獣人に無力化された可能性があります。私はこれより、その地点に向かいます」


 返答を待たず、エスが駆けだす。

 魔術人形としての役割に仕込まれたディードスからの意図に従って、糸に括られたように動くだけだ。


 だがクオリアにとっては獣人も魔術人形も救う対象だ。

 獣人の笑顔もみたい。魔術人形の笑顔もみたい。

 だからこそ脱走させられた獣人を殺させはしないし、魔術人形へ返り討ちはなんとしても防ぐ。

 

 だが、この役割を超えるタスクの情報も入ったのは確か。

 エスが駆けだした方向から反応があったのは、なのだ。

 しかも、常時起動状態だったにもかかわらず、


「エス、停止を要請する……応答なし。自分クオリアも急行する」


 異常事態だ。

 エス一人で行かせる訳にはいかない。

 クオリアも、全力疾走するのだった。


「うわああああああああああああ!!」


 先程のサクラとは違い、完全に恐怖に駆られた住民達が反対方向へ逃げていく。

 エスもクオリアもそれらと擦れ違いながら、人の濁流の源泉へ二人は遂に辿り着いた。



真赤な嘘ステルス



 まだこの時点で、今この場にいるのが――一切の認識から消失している蒼天党のリーダー、“リーベ”であることに二人は気付いていない。


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