第60話 人工知能、行った後やがて雨が降る


「クオリア君。ごめんね、お姉さん弱気になってたみたいだ」


 いけないいけない、と自分の頭を小突くロベリア。

 対してクオリアは、王都に来る途上のロベリアの言葉を反芻する。


「状況分析。本状況は、あなたが言っていた『もし私が“誤っている”行動や命令をしたら、君はどうする?』という状況に合致する」

「ああ、あれ? 私が暴走した時止めてって意味だったんだけどな……」

 

 ロベリアが頬を搔きながら苦笑いして返す。


「あなたは消耗から、誤った選択を選びかけた。だからあなたに代わって、カーネルおじさんへ返答した」

「……ありがとね。じゃあ、私も頑張らねばなりませぬな」

「それは推奨しない。あなたは消耗を回復するよう努めるべきだ」

「流石に寝てなんかいられないっての……と」


 よろめくロベリアを受け止める。

 一睡もしていない疲労が、ここで圧し掛かった。実際昨日ロベリアと同行していたスピリトさえも、帰ってからピクリとも自室から出てきていない。政治の場というのは動かなくとも、消耗する場所を指す。


「……じゃあクオリア君。“ハローワールド”を管理するロベリアとして命令します。魔術人形と獣人、どちらも救ってみなさい。あとディードスここに連れてきて! あ、ディードスは最悪カーネルおじさんに回してもいいや」

「要求を受託する」


 未だよろけたままのロベリアの体を、別の少女が支える。アイナだった。


「あの、先程は申し訳ございませんでした……」

「あのカーネルおじさんがズカズカ入り込んできたせいだよ! アイナちゃんは気にしなくてよし! 辛かったのに、頑張って答えてくれたね」

「兄が死んだのも、三年前の話ですから……いつまでも引っ張る訳にはいきません。それに、私も気になります……どうして蒼天党が昨日の事件を起こす程に大きくなったのか、どうして兄の名前を名乗っている人がいるのか……」


 気になっているというより、まだ混乱の余波が抜けていない状態だ。

 このアイナを放ってハローワールドとしての活動をしていいのか。クオリアの思考回路を問いが塞ぎ始める。

 その眼の震えをクオリアに見られていると感じたのか、アイナは生気を取り戻したような顔を繕う。


「でも、今はもっと大事な事がある筈です! 獣人と魔術人形を救う為に! 行ってください!」


 パンパンに何かが詰まって、一刺しで割れそうな風船の様だった。

 『無理をしている』。最近ラーニングした単語だが、今使うべきなのだろう。

 クオリアが視界をずらすと、ロベリアが唇だけを動かして囁いていた。


「……アイナちゃんの事なら、私が落ち着かせるわ」

「これより自分クオリアは、ハローワールドとしての役割を遂行する」

「頼んだ」


 挙手の敬礼をしてロベリアが返答した。

 駆けていくクオリアの後姿を見ながら、ロベリアがふと呟く。


「アイナちゃん。私には何があったか分からないし、こんな事言って慰めになるかもわからないけれど、お兄さんは十分にアイナちゃんに慕われるほどの人物だったと思う。だって、三年経ってもアイナちゃん、お兄さんの為に泣いてんじゃん」


 アイナがきょとんとした顔で、ウィンクするロベリアを見る。


「私、姉だからさ。お兄さんの立場になれちゃうんだ」

「……ありがとうございます」


 若干、張り詰めていたアイナの表情が、どこか柔らかくなった。


「……ロベリア様も、毎日のように墓に向かって語っていて……ラヴという人、きっとうれしいと思います」

「そりゃ、こちらこそありがとうだよ」


 互いに家族を失った経緯を持つ二人が、語らって笑顔が芽生え始めた――その時だった。



 



「えっ!?」

「……!?」


 アイナもロベリアも、全身の息を吐き出した。

 気づかなかったとか、そういうレベルではない。

 まるで時間の連続性を無視したように、。ただし、一切の衝撃波を感じない。


「まずは古代魔石“ブラックホール”を止めた事、礼を言う」

「……あなたは……?」

「あの手紙から、ここまで情報を割り出せたのは流石だ。ラヴが仕えていただけある」

「……雨男アノニマス?」


 手紙という単語から、ロベリアがその正体に行き着く。

 雨男アノニマスと呼ばれた存在は、何も返さなかった。

 だが分かるのは、クオリアと同じくらいの背丈である男であるという事だけだ。後は徹底的に隠されている。


 全身に纏うのは、藍色の雨合羽。

 更に深く被った雨合羽のフードのせいで髪型すらも分からない。

 顔を覆うのは、狐を模した面。

 全てが、分からない。

 狐に抓まれたような顔をするしかない。


「この件、主犯はディードスだ」


 結論から、雨男アノニマスが口にし始めた。


「奴はあるルートで得た魔術人形を、護衛用として高値で売り捌くつもりだ。これはそのデモンストレーション。蒼天党の一件で安全に対して過敏になっている市場に、わざと逃がした獣人を見せる事で不安を煽る。それを各個魔術人形に撃破させたその雄姿を、これ以上ない宣伝として広げてんだ」

「……どこから、その情報を?」

「知っているだけだ。証拠はない」

「じゃあ……何で知ってるの?」


 雨男アノニマスは答えない。

 代わりに、一方的に情報を提供し続ける。


「だがディードスを抑えても、奴はあんたやカーネルの権力にも対抗するだろう。奴を止めるには、周りの魔術人形をどうにかする必要がある」

「どういう事?」

「この件、裏にいるのは“ルート王女”だ」


 ロベリアの呼吸が一瞬詰まる。

 カーネルも所属しているヴィルジン国王の陣営。そのヴィルジンと同等の権力と戦力を誇るロベリアの姉、ルート王女の名前が出るのは想定外だった。


「当然、裏にルート王女が教皇を務める宗教――“げに素晴らしき晴天教会”が着いてる。まともにぶつかれば、ヴィルジン派とルート派の正面衝突は避けられねえ」

「なんで……」


 ロベリアの疑問には答えず、上を見上げる雨男アノニマス


「魔術人形を奴から奪えば、切札を失う」

「奪う?」

「……また来る。ラヴの所に」

「ちょっと待ってよ! 君一体――」


 そして、雨男アノニマスは消えた。

 僅かに空を覆い始めた曇天へ、異常な速度でされたのが見えた。だが真っ白な空を見上げても、もうどこにも雨男アノニマスの影は無い。

 しかし、ロベリアは直ぐに目線を下にやる。アイナの顔が再び青ざめていたからだ。


「……アイナちゃん?」

「“げに素晴らしき晴天教会”……」


 吐き出された声色は、トラウマを見たかのようだった。

 聞かずともロベリアには分かってしまった。



 アイナの兄の命を奪ったのは、“げに素晴らしき晴天教会”だと。

 


 

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