第59話 人工知能、魔術人形も笑顔の対象に含む
沈黙した魔術人形に警戒しながらも、クリアランスのメンバーによる既に降伏していた獣人への尋問結果は次の通りだ。
今朝、獣人を拘束する一部の檻が解放されていた。
最初は獣人達も不信がって殆ど脱走することは無かったが、ある情報が不意に獣人達の間に広まったという。出所は騎士達の噂話で、信じるには十分過ぎる程獣人達は追い詰められていた。
曰く“今日、見せしめの為に蒼天党の獣人を全員処刑する”、と。
ただし、獣人の脱走が最初から分かっていたかのように配置されていた魔術人形が、次々に獣人を粛清し始めた。
クオリア達が助けた獣人も、この粛清から逃げてきたのだ。
「明らかにディードスが何か握ってるわねぇ。ねえ、ロベリア」
「……」
ロベリアは応答しない。
魔術人形の前で佇みながら、黙り込んで何かを小さく呟くことに夢中になっている。ただしその瞳は、触れるだけで人を傷つけるような絶対零度を帯びていた。
「ロベリア。あなたの挙動に、乱れが生じている」
「ありゃ、流石に昨日から連続して激務だからお姉さん疲れちったかな……」
声をかけると、ごく自然にロベリアがいつものあっけらかんとした様子に戻る。
「とにかくディードスに事情を問うてみるしかないよね。返答次第では……髪の毛一本残さず、店じまいだね」
それに、とロベリアは再び魔術人形に目をやって続ける。
「これ以上、魔術人形に罪を重ねられないし、獣人の命が消えていくのも間違ってる。魔術人形を見つけ次第、止めなきゃだね」
「ええ。魔術人形は破壊しなきゃ……という訳でクリアランスの動けるメンバーを招集。ディードスの捜索及び魔術人形の
号令を終えたカーネルが、僅かに苦い顔をするロベリアの肩を叩くのだった。魔術人形の保護と破壊。2人の意見は見事に食い違っている。
「優先順位考えなさい。ロベリア姫」
「……」
ロベリアも、一瞬回答に詰まりながらも理解を示していた。中途半端に魔術人形を『非破壊で止める』事を考えていたら、その迷った分だけ獣人が不当に命を奪われていく。
観念しながら、ロベリアが頷こうとした時だった。
「“ハローワールド”は、獣人も魔術人形も生命活動を維持した状態を保つことを目標とする。“
当たり前の様に、無表情でクオリアはロベリアが言いたいことの代弁を口にした。
ロベリアの眼が、大きく見開く。
時が止まったように、クオリアの横顔に釘付けになっていた。
カーネルはクオリアを興味深げに見下ろす。
「生命活動と言ったわね」
「肯定。
「さっきのハッキングとやらで、何か分かったのかしら?」
「人間の表情と類似した値……即ち心と仮説出来るものを、魔石の深層に検知した」
「それは何とでも言えるでしょう」
「一番の要因は、かつてロベリアと共にあった、ラヴという魔術人形にある」
裏庭に咲いていた墓の前で、ロベリアは戦う理由を語っていた。
果たして生命も心も存在しない無機物を相手に、ロベリアはあんな乾いた笑いをしただろうか。十字架を建てただろうか。“R.I.P LOVE”という言葉を彫っただろうか。
人間を学習し始めたクオリアとしては、これらの問いには全て否定をせざるを得ない。
裏を返せば、そのラヴという魔術人形には生命が、心があったからこそロベリアはこんな世界へ身を投じたのだろう。
「状況分析。ラヴという前例から、他の魔術人形にも生命活動の定義が当てはまると推察した。そして今回のハッキングにより、その信頼度は高くなった」
「だから破壊しないで、アナタの言う生命活動維持を保っていたいって事?」
「肯定」
「アナタ達の言いたい事は分かったわ。しかしだからと言って、魔術人形を破壊する事に変わりはないわ」
しかしカーネルは『魔術人形に
「大事な場面で自我が出たことで臆してしまったら? 逆に騎士が愛着を覚え、危険だからと魔術人形を保護するようになってしまったら? 自我を覚えた魔術人形が、ロベリア姫の“親友”になれるって保証はある? 人類に牙を向けるような、第二の蒼天党にならないって保証はある?」
「それは……」
「勿論、それは作って使うアタシ達人間の問題。自我に目覚めるというのであれば、そうならないように魔石を作り変えるべきだし、暴走をするなら破壊するべき。それが今から人間がすべき事よ」
決してクオリアとロベリアを馬鹿にしている訳ではない。魔術人形に自我が芽生える事を否定している訳ではない。だが“公爵”として何をすべきかを明確に二人に示していた。
馬車に乗りながら、最後にカーネルがクオリアに告げる。
「じゃあ後でね。アナタが獣人も魔術人形も救いたいというのなら、ロベリア姫が見出したその力でやってみるがいいわ。けれど、結局どっちも救えなかったなんて後悔しても遅いわよ」
馬車の扉が閉まり、馬が駆けていく。しかし帰路に就いた訳ではなく、カーネルの役割を果たすために、まだ動く気しかないのは明白だ。
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