第58話 人工知能、魔術人形の仕組みを知る

『オーシャン』


 魔石から発されたソプラノの四重音声の直後、藍色に輝く空気が漂い始める。


魔石回帰リバース


 唱えた少年の中心から、魔術人形の両目が藍へ着色されていく。魔術人形特有の魔術を超えた“スキル”の兆候だ。

 オーシャン――深海の魔石。魔術人形の頭上に出現した大量の水が、異常な水圧を含む事をクオリアは検知した。

 少なくとも、人間の魔術ではあれほどの水圧は実現不可能だ。


「これより主人マスタの要求に基づき、蒼天党の獣人を殺害します」


 足がもつれて転び、「ひぃ」と顔を引きつらせる獣人に容赦なく深海のスキルが発動する。

 事象は一瞬。空間に漂う巨大な水球から、極細の水流が伸びただけ。


 ただし、人体など簡単に一刀両断出来る水圧が籠っている。


「ウォーターカッターを認識」

『Type GUN』


 水の線と、荷電粒子ビームの線が交差した。

 液状の名刀が、その交点で蒸発する。

 飛ぶみずを落としたクオリアは、そのフォトンウェポンを魔術人形に向けた。


「あれを狙撃するか……」


 後ろで唸るクリアランスの驚愕とは裏腹に、一切表情に変化を見せない魔術人形にクオリアは警告する。


「これ以上の敵対的行為を認識した場合、あなたを無力化する」

「獣人を補助する人間を発見しました。これよりお前も殺害します」


 先程は一筋の“ウォーターカッター”だった。

 次の攻撃も同じ、超高水圧の直線が発射される。


 ただし、唯一の相違点として複数の水流が一斉掃射されていた。


『Type GUN』


 もう一つのフォトンウェポンを生成すると、流星群の様に掃射された水圧の凶器全てをロックオンする。



 超高水圧の直線が放たれてから、自身の肉体を切り裂くまでのカンマ1秒以下の時間で、全ての軌道を暴き出した。

 同時、のみに荷電粒子ビームが真正面から直撃する。

 水蒸気が舞う空間の中、鋭利な先端が何かを貫くことは無かった。

 ほんの僅か3つの水流が、クオリアの頬を掠めたこと以外は。


「3つの想定外の軌道を検出。今後の活動にフィードバックする」


 深海の水圧を携えた水流をやり過ごすと、ロベリアが魔術人形へコミュニケーションを試みる。


「君、どこの騎士団に所属している魔術人形!? こんな事やめなよ!」

「私は無所属です」


 カーネルも思案した様子を一瞬見せながら、ロベリアに続く。


「それなら、攻撃を中止してもらえるかしら? 何が起きているのかは分からないけど、例え蒼天党の一員でも無抵抗の獣人を殺そうとするのは見過ごせないわ」

「できません。蒼天党の獣人を殺害する役割は、最上位のタスクに指定されている為です」

「誰の命令?」

「“ディードス”様です」

「……あの大商人ディードスが、ねぇ」

「……何を命令してんのよ。あの強欲の化身」


 ロベリアの憤怒が声から漏れる。エドウィンを社会的に葬らんと心を鬼にしていた、絶対零度の視線がよみがえっていた。

 一方、クオリアが再び魔術人形にフォトンウェポンを構える。


「あなたの行動は、誤っている。攻撃の停止を要請する」

「無駄よクオリア。魔術人形は主人と認定されている人間の指示以外は受け付けない。人間や獣人と違って、説得に耳を貸す連中じゃないのよ、基本」


 昨日スピリトからもインプットした。魔術兵器は道具に分類されている。

 ただ人の体と声を模しているだけで、その実態は主人の道具に過ぎない。振るわれた通りに敵を傷つけ、対象を破壊する。責任も自分も心も、彼らには存在しないのだ。

 という世界の常識をラーニングしても、クオリアの判断にはノイズが走る。


 


「魔石を破壊なさい。魔術人形を破壊するにはそれが手っ取り早いわ。アナタなら出来るでしょ」

。あなたの提言は正しい。

「なんですって?」

自分クオリアは魔術人形の排除ではなく、


 そんな思考のバグに身をゆだねるなど、人工知能時代にはあり得なかった事だ。

 敵が人だろうと兵器だろうと没交渉に灰燼へと帰していく。シャットダウンはそんな判断をしなかったはずだ。

 人間としての部分が、クオリアの判断を変えていた。



 クオリアはそう言うと、直進を始める。

 魔術人形は迎撃しようと“オーシャン”のスキルたる頭上の水球から水流を放たんとして、しかし直前で失敗する。無数の荷電粒子ビームによって原型を保てなくなるほどに、貫いては蒸発させていたからだ。

 魔石の底力は計り知れない。破壊した分だけ、超高水圧の特殊な水は即座に補充されていく。しかしそれと同等の速度で、二丁のフォトンウェポンが火を噴く。


「“オーシャン”スキル深層出力、“ダイダルウェイブ”を発動させ――」


 別のスキルを発現させようと前に翳した両手を貫く。クオリアにはどのようなスキルだったかは分からない。今からラーニングする為問題はない。

 僅かに出来た隙をつくように、クオリアが魔術人形の右胸に手を触れる。

 昨日無力化した古代魔石と分類的には同じ、魔術人形の根源である“人工魔石”からアクセスを試みる。





 クオリアの意識が、魔石の水面からダイブする。

 魔術人形を、知ろうとする。


 広がった深海ワンルームは、昨日見た粗削りの古代魔石とは明らかに違う。自然に出来たとは思えない、澄んだ海だった。


 魔石を構成していた魔力が整列している。一切の魔力不結合バグが存在しない。人の手で、不都合が無いように深海の魔石は構築されている。


 魔術人形としての挙動も、この魔石に紐づいている。整頓された魔力の流れが、魔術人形としての動きも決定づけていた。


 だが、二つだけバグを見つけた。

 一つはディードスから受け取った、『蒼天党の獣人を殺害する』という指示が魔術人形の動きに制約を与えている。

 クオリアは魔力の信号を与えて、この指示を乱す。

 ――途端、魔術人形は糸が切れたようにその場に座り込むのだった。



「与えられた指示内容に異常が発生。再度指示を与えてください。主人マスタ


 まさに道具として、指示を待つ魔術人形。

 あたかも、生まれたての人型自律戦闘用アンドロイドのようだ。


「……否定する。それは、あなたが最適解を算出する問いだ」


 もう一つのバグは、まだラーニングするには不明瞭な点が多すぎる。

 自律して成長するバグだが、まだ成長し切っていない。故に不明瞭だ。

 しかし僅かに見えた揺らぎからは、ある値と類似していることが判明した。



 問いという、人間しか持ちえない揺らめきと類似していた。

 

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