第61話 人工知能、嘘発見器になる
「うわああああ蒼天党の獣人だ!」
叫び声や戦闘音が、上層に近い下層の区画から響いた。
耳から入った情報を基に駆け付ける。
「状況分析。今の音声データには、通常と異なる値が認められる」
と問いを付随させながらも、遂にクオリアは現場に辿り着く。
「ま、待った……頼む、見逃してくれ、助けてくれ……」
しかし丁度敵意を向けられていた獣人の方が尻餅を付いており、魔術人形がその前でスキルを発動していた。
『ライトニング』
「
稲妻が球形になって、魔術人形の頭上に集結する。受ければ即死どころではない。圧倒的なエネルギーに呑まれて、消滅する。
「よっしゃ! やったれ! 反乱者を殺せ!」
しかも、先程まで阿鼻叫喚だった筈の人間達に、恐れの感情は見当たらない。寧ろ魔術人形の後ろ側に回り、ただ囃し立てるだけだ。
魔術人形による咎人の処刑。それを見たいと興奮し続けている。
『Type GUN MAGNUM MODE』
その空気を、稲妻の球体ごと荷電粒子の激流が吹き飛ばした。
「これよりハッキングを実施する」
魔術人形が気づいた時には、クオリアの掌は魔術人形の魔石に触れていた。
魔石“ライトニング”へのアクセス。
魔術人形のラーニング。
そして無力化。
一連のプロセスが、完了した。
「与えられた指示内容に異常が発生。再度指示を与えてください。
「それは、あなたが算出する問いだ」
ただの人形へと成り果てた抜け殻を確認すると、今度は腰が抜けて動けない獣人へ視線をやる。勿論、戦意は枯渇していた。
「拘束地点に戻ることを要請する」
「うん、うん、うん」
拾われた子猫のように獣人が小刻みに頷く。
獣人を一時的に拘束している地点は近い。タイムロスも少ない。
クオリアが獣人をその拘束地点に連れて行こうとした時だった。
「待てよ! 何獣人を生かしてんだよ!」
「そんな暴走する獣人と一緒になんか居られないわ!」
周りを固めていた数人の人間から“美味しくない”声が降り注いだ。殆どが身振りからして貴族か、それに準ずる高所得層の人間達だ。
全員、獣人の死を望んでいた。危険に敏感になっているように見える。
クオリアは、眼球をぎょろぎょろと動かす。全員を視界に入れる。
分析する。
「獣人は皆殺しにすべきだ! そいつらのせいで昨日何人の人間が死――」
「あなたの音声データと一致」
「えっ」
クオリアに、その罵声は響かない。
淡々と分析作業を終わらせていた。
正確には一人一人の音声を、先程いの一番に獣人を見つけたと思われる『うわああああっ!? 蒼天党の獣人だ!』という音声データと照合していた。
「えっ、なんだよ」
ぐい、と間近に立ったクオリアが、モノクロの視線でその男に迫る。
「あなたがこの獣人を発見した時の叫びに、異常がある」
「何を言ってんだ?」
「あなたの叫びからは人間的反応が検知されなかった。あなたは本当に意図なく、獣人に恐怖し叫んだのか」
「そりゃ、そうに決まってるだろ」
と適当に言っておいて、しかし直後に男は背筋を凍らせ、後ずさる。
ただじっと観察するだけの眼玉二つ。それだけの力があった。
その目玉で
嘘を発見するからくり等、機械の生誕と同時に誕生している。
だからこそ、クオリアに見破れない訳がなかった。
「あなたは、虚偽の報告をしている」
「な、なにを……」
『Type GUN』
極細の
ただし何物も傷つけていない。ただ男の耳たぶの1ミリ横を通過しただけだ。
「わっ、ひゃあああっ!?」
「警告する。次に虚偽の報告をした場合、あなたに損傷を与える」
「わ、分かった! 分かったから! もう、全部、全部喋るから!! 俺はサクラだ!」
縮み上がった男の口が、遂に矛盾の無い正直な言葉を並べ始める。
「ディードスって羽振りのいい人に、前金を渡されて……この場所で待ってりゃ、獣人が来るから……来たら、とにかく叫べって言われて……後は獣人を打ちのめしてる奴の味方をしろって……」
サクラという単語を認識した。
要は、周りに危険な獣人である事を煽り立て、魔術人形をひたすら正当化する。昨日蒼天党の恐怖が残っている一般人には、獣人が悪魔の様に見え、魔術人形がヒーローの様に映るという訳だ。
そして、例え獣人が蒼天党に所属していなかったとしても、昨日の今日では『勘違い』でお咎めなく済んでしまうという寸法だ。
まだクオリアにはディードスの目的は判断しきれない。
だが、一つだけ言えることがある。
「あなたは、誤っている」
「……」
「あなたの行動は、獣人に不利益を及ぼす。最悪の場合、生命活動の停止に至る」
「じゅ、獣人なんか、別に……あっ」
一瞬、クオリアの指が動いた。フォトンウェポンのトリガーを引きそうになった。
サクラの男も思わず揺れたフォトンウェポンに意識を奪われる。
殺される。そう恐怖していた。
今、クオリアは一瞬だけサクラの男を排除しようとした。
「……エラー。以降の活動にフィードバックする」
だが、それでは昨日と同じだ。
マインドを殺した獣人に向けてしまった、機械ですらない暴走と同じだ。
「あ、あ……」
怯えていたのは、サクラの男だけではない。サクラの男に乗せられていた無関係の人間達もだ。
“美味しくない”表情。これを作り出したのはクオリアだ。
この状況は、クオリアにとって評価が高くない。
だからせめて、クオリアの感情を目の前の人間達に
「あなた達は、生命活動の停止を恐れている。損傷を恐れている」
「……」
「獣人も生命活動の停止を恐れている。損傷を恐れている。ならば、あなた達にも判断が出来る。無抵抗の獣人を、傷つける事は評価を下げる事だと。故に、これ以上の攻撃的活動の中止を要請する」
アイナやロベリアに学んだことがある。
相手に誠心誠意というものを尽くす時、唱える言葉がある。
クオリアは、フォトンウェポンを消滅させて、敢えて素手にしてから出力する。
「“どう、かよ、ろしく、おね、がい、します”」
その後、男達は居たたまれない顔を見せながら無言で去っていった。
伝わったのかどうかは分からない。現在のクオリアは、嘘の発見は出来ても、本当の想いを見透かす事は出来ないからだ。
クオリアはすぐに獣人を拘留地点に引き渡す。
獣人は抵抗せず、「ありがとう」とだけクオリアに言って奥へ消えていった。
クオリアは再び外を歩く。
思いのほか、獣人達の叫びも少ない。魔術人形の動きも見えない。
もう既に魔術人形の活動も終わってしまったのだろうか、そう直感した時だった。
「魔術人形を認識。エスと判断する」
魔術人形の中で唯一個体名が分かっていたエスを見つけたのは、その時だった。
まだ、獣人は発見していないようだった。
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