第54話 魔術人形広告宣伝活動12時間前

 騎士団敷地のとある部屋。


 ドア側に立つバックドアに対して、その人物はテーブルの向こう、椅子に仰々しく座って窓の向こうを眺めていた。バックドアも近くのソファに座って、呆れたように両肩を竦める。


「参りましたねぇ。まさか古代魔石を遠距離で無力化する輩が現れるとは」

「……まあいい。一応“”のブラックホールの設置は完了したからな。君たち蒼天党はよく暴れてくれた」


 バックドアも頬を吊り上げながら、先程リーベに着いた嘘を思い出す。

 古代魔石の残りは騎士団の手に落ちたという、さりげない嘘だ。


 “本命”は既に設置済だ。

 上層どころか、下層さえも吹き飛ぶ程の“本命”の大きさ。発動すれば、王都そのものが彼方へ吹き飛ぶのは目に見えている。

 

「ただ、発動はもう少し待った方がいいかもしれませんねぇ。リーベの馬鹿が“ブラックホール”を隠し持ってたみたいで、近々上層で自爆します」

「それは朗報だな。『王都は蒼天党の邪知蒙昧な振舞いによって吹き飛んだ』。これが我々が望む一番のシナリオなのだからな」

「その通りです。実際に蒼天党のリーダーたるリーベが古代魔石を上層の中心で爆破させたとなれば、別に嘘じゃなくなりますからねぇ」

「仮に失敗したとしても……その時は、“本命”を起動させればいい」

「そしてあなたが、このアカシア王国を治める訳ですな」

 

 すっと、立ち上がる偉丈夫の影はまだ足りないと言わんばかりに首を振る。


「ここからが大変なのだよ。ただ王都を滅ぼすにしても、ゼロデイ帝国や“盲目な狂信者共”に勝てるように戦力は残さねばならん……」

「心労お察しします」

「ヴィルジン国王も、ルート女王もいがみ合っているだけで、見ていて片腹痛い。いい加減旧態依然としたアカシア一族にはこの世から退いて貰おう。最近ちょこまかと鬱陶しいロベリア王女もご一緒に」

「ところで私はどのくらいの恩恵を得られるので?」

「安心するが良い。私が作る新時代は人種差別のない世界だ。例えばお前に公爵になってもらい、その先駆けとするのも良いな」

「よしなに……あのリーベを唆し、暴れる事しか能のない蒼天党を一年かけて引っ張ってきただけの事はあります」

「捕まった獣人どもはという声もある。それを救うつもりはないのか?」

「冗談でしょう。別に俺以外の獣人がどうなろうが、食べる飯が美味しければそれでいい」


 “聖戦”が始まる前、リーベはメンバーの参加動機を聞くことは無かった。

 勿論聞かれても、バックドアは語ることは無かっただろう。

 ――同じ獣人を生贄に差し出してでも、自分が安泰な生活を送れればそれで良いなんて参戦動機、語れば袋叩きに合うのは目に見えている。


 だからこそ、獣人が救われる人種差別のない世界にバックドアは興味はないし、家族の復讐をする気もない。

 ただ権力を手にし、思うがままに出来る楽園を創りたいだけだ。

 その為にリーベに接近し、リーベのカリスマと圧倒的な戦闘力を裏から後方支援し、蒼天党を空前絶後の暴動を起こす一味にまで成長させたのだ。

 最もそれも、バックドアにとっては単なる隠れ蓑を創ったに過ぎない。


 勿論、バックドアとしてもここで気を緩めるつもりはない。この騎士団に裏切られる可能性は十分にある。準備は抜かりない。

 他にも懸念事項はある。例えばリーベの妹である“アイナ”の事だ。準備が必要だ。


 準備ですべて決まる。

 それを主義信条とするバックドアに、思考を休める暇はない。 


「おっと。獣人である私がこんな所にいると分かれば大事だ。今日はこれにて」


         ■       ■


 魔術人形商人の“ディードス”はその頃、葉巻を吸いながら望遠鏡である一部始終を見ていた。

 

 “”。


「エス……魔術人形達、仕事だ」


 飾り気の無い黒髪とお揃いの、感情の籠らない少女が後ろに現れた。

 エスを筆頭に、後ろに一切の無機物性しか感じさせない魔術人形が並ぶ。


「明日、逃げようとする蒼天党の連中を始末しろ」


 振るわれた剣が物理法則に従って血を流すのと同じく。

 魔術人形達も、指令を受ければそれに従って破壊するだけだった。


「命令は受理されました」


 その返答を聴きながら、ディードスは金の鳴る音を聞いた。


「どちらにせよ迷惑な命だ……だったら最後に金くらい産んでもらわないとな」

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