第53話 聖戦12時間後


 聖戦から12時間後、リーベは椅子の上で天を仰いでいた。


「どうやら王都東のアジトも潰されたようですね」


 サングラス越しに残念そうな目線を向けるバックドアの言う通り、蒼天党は壊滅状態だった。

 千人規模でいた蒼天党も、殆ど十数人程度しかリーベの視界には存在しない。


「……上層から逃げた奴に聞いた。古代魔石を無力化した奴がいたらしいな」

「無効化できたのはいいとして、まさか遠隔でとはね。恐れ入った恐れ入った」


 椅子に背を深く預け、天を仰ぐようにしてリーベが息を漏らす。


「残りの古代魔石はあるか?」

「先程、保管していたアジトも潰されたと」


 まだリーベに付き従っている幹部達にも、諦めムードが漂う。物に当たる音、舌打ちする音、呻く声が聞こえた。

 そんな雰囲気を、リーベの一言が切裂いた。


「……特攻するか」


 全員の呼吸が止まり、リーベの顔に視線が集まる。


「王都の陥落が失敗し、仲間達も大勢失った。すべて俺のせいだ。けじめくらいは着けるさ」

「止めといた方がいいですぜ。あんたの実力は獣人の中でもトップだ。けど、いくらなんでも騎士全員を相手にしてたら身が持たねえ」

「別に勝算が無いわけじゃない。俺は自殺志願者じゃねえんだ」


 リーベが懐から取り出し、上に投げてキャッチしたのは、純黒の魔石。

 紛れもなく古代魔石“ブラックホール”だった。


「持っていたのですか……」

「悪いか? 全部使った気でいたか? 管理を全部お前に任せる訳ねえだろ」


 想定外のように開いた口が塞がらないバックドア。

 

「13の古代魔石を停止させた時、クオリアという騎士が何やら光線の魔術を使ったらしい。理屈は不明だが、おそらくその光線にミソがあるんだろう。なら対処法は簡単だ。俺が肌身離さず持って、その光線に当たらないようにすればいい……上層の中心で起爆するまで、な」


 しかし実行した時のリーベの末路について言及する獣人はいなかった。誰よりもリーベが十分覚悟していた。


「……ん?」


 多くの足音が連続する。アジトの中を明らかに集団が駆け巡っている。

 しかも鋼鉄が摩擦する音。騎士で違いない。

 全員獣人。耳の感覚には優れている。

 だからこそ、空間の入口に騎士たちが現れる前には、その方向へ視線を示していた。


「いたぞ! 蒼天党の残党だっ……!?」

「ようこそ勤労な人間諸君。大当たりを引いたなクソッタレ」


 リーベも立ち上がり、後方から続々と押し寄せる騎士達を見渡す。数は30人。

 リーベが右手を差し出す。モザイクのかかった魔法陣が浮かび上がる。地水火風の基本魔術の代物ではなく、リーベ特有の特殊魔術の合図。

 睨む眼球に広がる血管が、圧倒的な殺意と憤怒を示していた。


真赤な嘘ステルス


 騎士たちの目前から、


「がぁっ!?」


 悲鳴はそれだけだった。

 騎士たちは、自分たちが何をされたのか分かっていない。

 気づいたら、“破壊”されていた。

 気づいたら、死んでいた。


 分かるのは急所を引き裂かれたか、嚙み千切られたという事だけ。

 だがそれを知ったときにはもう、アジトを埋め尽くすほどの血の海に沈んでいく。


 誰一人立っていることさえ出来ず、紅く染まった血の上、屍の絨毯が完成した。

 辛うじて息のあった騎士が、リーベを見上げていた。


「こいつ……リーベ……魔術人形が来るまで、たった1人で、100を超える騎士を返り討ちにしてたっていう……」


 吐血して、最後の騎士は息絶えた。

 それを見届けて、リーベは赤い絨毯の向こうで狼狽するバックドア含めた獣人達に、静かに豪語する。


「お前達は生き延びろ。蒼天党の活動が無駄にならない様、この王都を焼野原にしてやるからよ。俺は最後まで妹の復讐に生きると決めている。俺の死地けじめはここだ」

「お、おお……」


 バックドア以外の獣人は蜘蛛の子を散らすように、及び腰で去っていくのだった。


「そうだ……俺は妹の仇さえ打てればそれでいい。たった一人の妹……“アイナ”の仇さえ撃てればな」


 忌々し気な言葉と共に、たった一人で闇に消えていくリーベの後姿を見送ることなく、バックドアも逆方向へ去る。

 その道中でバックドアは思案する。

 

(アイナ……アイナ……? 確か古代魔石“ブラックホール”を止めたっていう“ハローワールド”のクオリアの付き人として、一緒に獣人の娘が来たっていう情報があったが、あれの名前がアイナでは無かったか?)


 バックドアは口元を緩め、サングラスを再び直す。

 ただしその情報は、“蒼天党”には出回っていない。

 

 出所は、あるだ。

 

「確かめる必要があるねぇ……その“アイナ”たんが何者なのか。互いに死んだと思っていた家族に再会したなんて、このご時世よくある話だ」


 舌なめずりをしながら言い放つバックドアに、決して善意など存在しない。

 頭の中で繰り広げるはリーベを救う為の感動ではなく、“アイナ”がの思わぬ支障としない為の打算。


「……


 バックドアが辿り着いたのは、の旗がはためく建物だった。おぞましい程の悪意を引っ提げての凱旋だった。

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