第51話 人工知能、人間から兵器へ戻ろうとする

「が、あああ……」


 部屋でクオリアの呻き声が残響する。

 右手に仕込んだ5Dプリントの拡充に、肉体が軋む。炸裂しそうな勢いだ。

 だが“PROJECT RETURN TO SHUTDOWN"の成功にはまず5Dプリントの機能を強化することから始まる。


 現時点で2割程しか発揮できない5Dプリントのスペックを、全盛期に少しでも戻す必要がある。

 人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”を構成する、ある物質を生成する為に。


「……“混沌物質ワールドパーツ”を、試験要請する。“5Dプリント”機能作動」


 クオリアの右手を起点とした光。生み出された四角形。

 だが次の瞬間、過程いどうを飛ばしてクオリアの左手に“瞬間移動”した。


「テレポーテーション現象を確認。成功と判断する」


 混沌物質ワールドパーツ

 である。

 人類が到達できなかった、人工知能の中でもハイエンドのオーバーテクノロジーである。

 これによって人工知能が踏み込んだ領域は筆舌に尽くしがたい。

 テレポーテーションと呼ばれる瞬間移動。

 複数の自分自身や現象を出現させる“重ね合わせ”。

 実体から波動の状態へと変動する“量子化”。

 自身の時間への操作。

 原子や素粒子への干渉――その用途は、数え上げればキリがない。


 対消滅光子ストリーム

 星と同サイズの宇宙戦艦型兵器に対しては、フォトンウェポンから対消滅光子ストリームを放ち、“近くにあった別の星”と共に破壊したこともある。

 

 それを実現させてしまう混沌物質ワールドパーツを、ようやくこの異世界でも不完全ながら生成する事が出来た。

 シャットダウンがかつて最強の破壊兵器足りえた絶対的理由を、遂に召喚したのだ。


 勿論、混沌物質ワールドパーツだけでは、奇想天外の現象は引き起こせない。

 内包する量子力学などの法則を操るブレインが必要だ。

 混沌物質ワールドパーツをハードウェアとした、人工知能が必要だ。


 だがそれすらも、クオリアはクリアする。


「“シャットダウン”への、兵器回帰リターン機構を司る核を作成し、自分クオリアへインストールする」


 シャットダウンへの回帰フローは演算をとうに終えていた。

 シャットダウンという設計図も前世から引き継がれたクオリアの記録に残っている。


 クオリアの心臓付近に組み込むインストールする兵器回帰リターン機構”の発動シークエンスはこうだ。


 予め機構に学習させていたシャットダウンの設計図に合わせて、混沌物質ワールドパーツを全身に上書きさせる。だがそのまま肉体を書き換えては、クオリアの生命活動が維持できない公算が非常に高い。それは致命的なエラーだ。


 そこで混沌物質ワールドパーツの性質の一つ、“重ね合わせ”を活用する。

 “重ね合わせ”は二つ以上の状態を、同時に世界に存在させる。

 この性質を利用し、“人間であるクオリア”と“シャットダウン化するクオリア”を両立する。

 問題なくシャットダウンに改造できれば、人間であるクオリアの状態は破棄してしまえばいい。


 これがシャットダウンへの回帰、“PROJECT RETURN TO SHUTDOWN”の概要。

 人間というデメリットだらけの肉体からの乖離。

 これで、“美味しい”を創る役割を存分に果たす事が出来る。

 みんなを、笑顔にする事が出来る。


 クオリアは、しかしなぜか笑うことは出来なかった。


「プロトタイプ、作成完了」


 ようやく生成し終えた掌サイズの黒い球体、兵器回帰リターン機構を左胸に接着させる。


兵器回帰リターン機構、インストール開始」


 5Dプリントの光が、左胸と兵器回帰リターン機構に照射される。

 皮膚から肉体が波打ち、液状化したように兵器回帰リターン機構が胸に沈んでいく。


「あ、が……」


 胃が万力に圧縮されたように、内容物を吐き出しそうになった。

 肺がナノレベルに収縮したように、酸素が失われていく。

 心臓が素粒子と同等まで縮小したように、脈打つ全てに異常がある。


 全身を彷徨う雷撃の如き激痛フィードバックに撃たれようとも、インストールを止めることはしない。


「……インストール……完了……」


 無事に兵器回帰リターン機構を飲み込み終えたときには、ドロッとしたものが全身を覆っていた事を確認する。敗れた皮膚と血管から滲み出た血液だ。

 だが生命活動の停止は予測されていない。

 出血は誤差ではあっても、想定を上回るものではない。

 何も問題はない。異常はない。

 そもそも、これはまだプロトタイプだ。


 今はいくら失敗してもいい。

 人工知能のラーニングとは本来成功だけでなく失敗を積み重ねていく作業だ。

 人の美味しいが失われていく本番で、失敗しない為の演算だ。


 だがこのプロトタイプで成功すれば、クオリアは最強のハードウェアを手に入れることが出来る。守衛騎士“ハローワールド”としての責務を全うすることができる。

 人間を、やめる事ができる。

 

Type SHUTDOWN


 心臓近くの兵器回帰リターン機構が赤色に輝く。


兵器回帰リターン


 “PROJECT RETURN TO SHUTDOWN”の完成。

 後は、5Dプリントで兵器回帰リターン機構に刺激を与えるだけだった――。



「クオリア様?」


 開いていた扉の向こう、佇んでいた少女がいた。

 思わず5Dプリントを放つ右手を止め、クオリアが振り返る。


「アイナを認識」

「……どう、されたんですか。その血……」


 避難所から帰ってきたアイナからは、ただ血塗れの状態で尚自身の肉体を改造しようとするクオリアの姿が映っていた。

 勿論、アイナの表情からは“美味しい”が検出できなかった。



 そもそも、アイナは何故クオリアと共に、この王都へ来たのか。

 何の役割を担って、ここに来たのか――かつてクオリアはこう言った。


自分クオリアの心に異常が無いかの監視を要請する』


 今が、その時だった。

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