第49話 人工知能、ひとまずの終戦を迎える②

 

 距離が少し離れていた事もあり、目的のポイントまではまだ辿り着かない。

 だが状況を完全に見下ろせるポイントを見つけた。クオリアとスピリトはそこで立ち止まり、状況を理解する。


「……うっ」


 スピリトも、思わず声を漏らす程に残酷だった。

 対峙していたであろう獣人達の死屍累々が、通りに並ぶ。

 血塗れの絨毯のこちら側に佇んでいたのは、4体の魔術人形。外見はやはりクオリアと同年齢の少年少女と全く同じだ。

 しかし見据える眼から読み取れる値。表情筋から読み取れる値。一挙一動から読み取れる値。

 

 全てに、“美味しい”が欠片も無かった。

 各値の検出結果、彼らは生命ではなかった。

 ただ胸に埋め込まれている魔石を動力源とした機械だった。


「ガルーダが……押されてる」

 

 上下する影の正体は、上空を支配するガルーダ。

 サラマンダーと同じ、ダンジョン“最下層”の魔物じゅうみん

 だが、気高き鷹の表面には、明らかに深手の生々しい傷があった。

 

「キィアアアアアアアアア!!」


 既に満身創痍だったガルーダが雄叫びを上げて、鎌鼬を放つ。

 魔術人形の内一体に直撃し、そのまま細身の体が両断される。

 

 クオリアは、マインドの頭が落ちる瞬間と重ね合わせた。

 だが、絶対的に違う部分がある。

 

 

 また、魔石が輝きを失っていた。

 命の代替という役割を終え、死の代替を始めたかのように。

 

「フン……不良品が。まあいい。保険は下りる」


 動かなくなった魔術人形を、葉巻を吸いながら足踏みする肥満体形の老年を目撃した。


「あれ、商人のディードスね」

「エラー。商人が戦闘の役割を担う認識ではない」

「まだ試験期間らしくて公ではないけど、魔術人形は今、売買されてるのよ……君もしかして怒ってる?」

「……エラー。“怒ってる”という単語は登録されてない」

「うん……まあ、私もいい気分はしないけど」


 武器を足蹴にされたところで、人間であれば怒る常識は無い。

 魔術人形も無機物や兵器と同じならば、ここで演算を阻害するノイズなど発生しない筈だ。


 だとすれば、何故だろう。“怒る”とは何だろう。

 アイナを傷つけられた時と同じ、マインドの頭が落ちた時と同じこのオーバヒートは何だろう。

 クオリアの中に、また多くの問いバグが生まれる。

 

「さあ、エス。ガルーダを倒せ」

「要求は受託されました」


 完全に抑揚のない声で、エスと呼ばれた黒髪の少女が前に出る。

 続けざまに、胸の魔石に触れながら一言だけ告げる。

 

『ガイア』


 その途端に、彼女の胸元が若葉色に煌めき、ソプラノの四重音声が木霊した。


魔石回帰リバース


 魔石からあふれた光が蛍のように揺らめいて、エスの中へと入っていく。 

 エスの右目が、緑色に瞬いた瞬間だった。


 地面の一部が、何十メートルもの円錐へと変貌した。

 太い先端が、ガルーダの中心を貫く。


 斜陽で昏い影を作り出す、巨大な円錐。

 その先端で、血塗れのガルーダは事切れていた。


「さすがに魔術人形……」


 唖然とするスピリトの隣で、クオリアは尋ねる。

 

「説明を要請する。通常の魔術シーケンスと異なっている。あれは魔術人形の特徴か」

「そうね。魔術人形は、胸に埋め込んだ人工魔石によって、“スキル”を発動できるのよ」

「説明を要請する。スキルとは何か」

「魔石を介して、魔術人形が発揮できる力の事よ。大体魔術を上回ってる。あのエスって魔術人形の人工魔石はスキル名は“ガイア”。地属性魔術を遥かに凌駕する勢いで、大地を操れるんだわ」

「状況理解。“スキル”の評価は高い」


 納得の強さだ。“スキル”を発動した際の魔力も、建物を埋め尽くすくらいの円錐を地面から押し上げたエネルギーも、クオリアにとって計測した事のない値を示した。


「しかし、人間とは違う」

「当たり前よ。体は作り物の疑似肉体ゴーレムで、魔石の力を借りて動いているだけ。人の姿を、人の都合で象ってるだけ」

「……理解した。|と認識」

「クオリア?」


 疑問符の浮かんだスピリトに、クオリアは何も返事をしなかった。

 どことなく、重いノイズがあった。しかし今度は怒りではない。

 感覚を魔術人形達に重ね合わせている。ガルーダを倒しても何も反応しないエスと同じ目線を見ている。

 “同情”。この感情の名前を、クオリアはまだ学習していない。


 指示に沿って行動する。その“自律”の無さが良いのか悪いのか、クオリアには判断はできない。


「エスはいい価格になりそうだな……。いや、ここは広告塔として存分に暴れてもらうのが最適だろう」


 一方、肥えた体系のディードスは、葉巻を吸いながらエスに満足そうな顔を見せる。

 だがすぐに、足元に転がっている魔術人形の残骸を足蹴にする。


 クオリアの思考回路に、稲妻の波が走る。


「この役立たずが……厳選に失敗したな。あぁ、スクラップの手続きが面倒だ」

『Type GUN』



 彼方からの荷電粒子ビームが、葉巻の先端を掠めた。




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