第48話 人工知能、ひとまずの終戦を迎える①


 クオリアは、自身の失敗を眺めていた。

 布で覆われたマインドの頭を、じっと見つめていた。

 この失敗の結果を、ラーニングする為に。

 

「フィードバック結果。今後このような乱戦が発生した場合、現機能では役割を完全に果たしきれない可能性がある……肉体ハードウェアの至急のアップデートが必要……もし、“テレポーテーション”が機能復帰していたのであれば、この失敗は発生しなかった」


 今のクオリアの肉体は、人間のものだ。

 人工知能の演算力でカバーしても、どこかで限界はやってくる。


 ソフトウェアがラーニングするだけでは、ただ誤魔化しているに過ぎない。

 その限界を超えるには、ハードウェアのスペックを上げなければならない。

 

「人の“美味しい”を多く創る為に、早急に本肉体ハードウェアを人型戦闘用アンドロイド“シャットダウン”に回帰させる」

 

 目的の為に、ハードウェアのスペックを上げる。

 機器を接続し、場合によっては部品を入れ替える。

 それは人工知能が生まれる前からあった、機械への常套アプローチだ。


「ママああああ……」

「良かった……」


 そうすれば、泣く少女は人質に取られずあんなに涙を流さなかった。

 そうすれば、抱く母親は娘の首元に突きつけられた凶刃を見なくて済んだ。

 そうすれば、今足元で白布を被って横たわる躯達は躯にならなかった。


 そうすれば、マインドは死ななかった。


 クオリアの仮想演算は、間違いなく全員“美味しい”顔になる未来を示す。

 ただし、体が“シャットダウン”にもう少し近ければ、という哀しい仮想ゆめだった。

 

「もう下層の戦いも下火ね……鎮圧されたようね」


 斜陽で橙色に彩られた下層を眺めていたスピリト。

 もう殆ど戦闘音は聞こえない。

 下層でも、獣人は投降したか、逃走したか、あるいは死亡したのだろう。

 

 クオリアも下層の状況を、視覚で捉えて更新する。


「否定。一ヶ所、戦闘が継続している」


 クオリアが指差した先、砂が渦巻いて天へ伸びていた。


「あれ、怪鳥ガルーダじゃない!?」


 巨大な怪鳥が、羽を広げて竜巻を引き起こしている。

 騎士が玩具の様に宙を舞っていく。

 

「先程サラマンダーを排除した。サラマンダーと同じく、ダンジョン“最下層”の存在と推定する」

「待て待て待って、サラマンダー倒したの!?」


 驚愕してスピリトが振り向く。

 だがその驚愕を称賛と理解することなく、クオリアは最適解を演算し始める。

 

 しかし、その最適解は即座に変更される。


「イレギュラーな人間を認識」

 

 ガルーダと正対する、純黒の装束を纏った少年少女の行進がそのイレギュラーである。

 少し離れているために、鮮明には見えない。

 ただ、クオリアがこれまで学習してきた、人間の行動パターンとはあまりに違う。

 手の振りが、歩幅が、体の揺れが全て同じ値を示している。

 一見人間と変わらない姿形をしているのに、検出される値は明らかに人間とかけ離れている。


 目を凝らしてみると、少年少女達の胸部分が仄かに輝いている。魔石とクオリアは推定した。


「……人間じゃないわ」


 割って入ったのは、ロベリアだった。


「あれ、よ。ほら、来る時の馬車で話した」

「理解。魔術人形を認識した」


 だとすれば、クオリアが今すべきことはガルーダも含めた残党の暴動から、命を守る事。

 そして将来のリスクを見越して、魔術人形の情報を直接ラーニングする事。


「これより自分クオリアは役割に従い、ガルーダの戦闘地点に向かう」

「あっ、ちょっと!!」


 スピリトが声をかけるも、クオリアは坂道を駆け下りていった。

 スピリトはクオリアを放っておけないと言わんばかりに、周りの騎士へ指示を出すロベリアを見た。ロベリアも察したのか、首肯する。


「クオリア君についてあげて! 私なら大丈夫だから」

「分かった!」


 一時的にロベリア護衛の任を解かれ、スピリトはクオリアを追いかける。

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