第47話 人工知能、怨敵を破壊し尽くす

 マインドの頭が落ち、転がる様子を眺めていた。

 その時、最適解の演算は停止した。

 フリーズしていた。


「ふざけやがって!! ふざけやがって!!」


 一方でマインドを断頭した獣人は未だ怒髪天を衝く勢いだった。

 転がったマインドの頭に唾を吐き捨て、地団駄を踏む。

 

「うらあああああ!! 邪魔だあああ!」

「うわっ!?」

 

 その実力も、蒼天党でずば抜けている。

 騎士が数人掛かりで斬りかかろうと迫った。

 刹那、大剣による剣閃が騎士達を攻撃ごと両断した。

 もう、誰も抑えられない。

 

「畜生っ! この腰抜けが!! 何感化されて人質手放しやがってんだ! 裏切り者め、裏切り者めっ!」


 散々物言わぬマインドの頭に罵声を浴びせた後で、獣人は怯える人質の少女をぎょろりと睨む。

 恐怖で固まった小さな体を掴もうと、筋骨隆々の腕を伸ばす。

 

「おらっ! 来い! 俺が逃げるまでてめえは人質兼盾だ! こんな所にいられるかっ! 俺だけでもこの場から逃げさせてもら――」



 一条の光線が、獣人の頭蓋を真横から貫通した。



「ら、ら、ら、ら、ら」

「ターゲットの生命活動停止を確認、続けて


 風穴をぽっかりと開けた頭を揺らし、巨体が痙攣する。

 その先で、双瞼を大きく見開いたクオリアが5Dプリントを作動させていた。

 

『Type SWORD』

『Type SWORD』

 

 クオリアは、既に最適解を演算し終えていた。

 “相手の排除を行ってはいけない”というプロテクトが一時的に解除された状態の、

 

 二回りも大柄な獣人は、膝立ちになったまま事切れていた。

 しかし、構わずクオリアは両手のフォトンウェポンを胴体に突き刺す。

 突き刺したままフォトンウェポンを手放し、再度5Dプリントを起動する。

 

 まだ足りない。

 そう判断する何かが、ショートする思考回路で渦巻いていた。

 

「排除する」

『Type SWORD』

『Type SWORD』


 3振目、4振目のフォトンウェポンを生成。

 柄の形が生成されると同時、荷電粒子ビームの刃が獣人の腹と内臓を溶かし貫く。


「排除する」

『Type SWORD』

『Type SWORD』


 5振目、6振目の光が、獣人の頭を串刺しにする。

 

「排除する」

『Type SWORD』

『Type SWORD』


 7振目、8振目。

 

「排除する」

『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』『Type SWORD』


 結果、26振の荷電粒子ビームの刃が原型も留めない程の、徹底的な破壊を実現していた。

 そしてクオリアはまだ止まらない。

 

「排除する」

『Type GUN』

『Type GUN』


 2丁のフォトンウェポンの銃身を構えるや否や、即座に放つ。

 たった数秒の内に、何百発も光線が連続する。

 全身をズタボロに融解された獣人の体が、蜂の巣どころか引き千切れていく。

 涙塗れの吃逆しゃっくりの様な、荷電粒子ビームが駆け抜ける摩擦音とだけが反響する。

 

 事態を知らぬ人間であれば、果たしてそれが元々誰かの肉体だったなんて気づかない事だろう。

 もうこの時点で、獣人の体は“だったモノ”と言わざるを得ない具合に散らばっていた。


「排除する」

 

 だが、まだ足りない。

 足りない。足りない。足りない。

 破壊を最優先とするバグが、チャージされる光に照らされたクオリアの脳内で猛威を振るっていた。

 

『Type GUN ―― MAGNUMマグナム Modeモード

『Type GUN ―― MAGNUMマグナム Modeモード


 フォトンウェポンの銃身が、ロングバレルになる。

 膨大にして過剰な荷電粒子ビームが、二つの銃口に凝縮される。

 獣人の残骸を完全消滅するには十分すぎる二つの熱量を、最適解も忘れたクオリアが真顔で今解き放つ――。

 

「――もう十分だよ!!」


 後ろから、一回り小さいスピリトに羽交い絞めにされた。

 クオリアは緊急事態を認識し、破壊の二発マグナムを停止させた。

 霧散した荷電粒子ビームが、桜のようにクオリアとスピリトの両側を流れていく。

 

自分クオリアは、誤っている」

 

 さっきまで肉塊だった残骸達と、転がる複数のフォトンウェポンを見下ろす。

 荒らげる息が、視覚情報を揺らす。もう攻撃する必要が無いのは一目瞭然だった。


 これは、最適解ではない。

 

「……状況分析。状況分析。状況分析……メモリ機能にエラーが発生。原因、不明……戦闘行為を強制終了する」


 二丁のロングバレルが、地面に落ちる。

 ぐちゃ、と生々しい音がした。

 頭を失ったマインドの断面から滴る血に塗れていた。

 

 きっかけは、マインドの頭が飛んだ時の光景。

 鋼鉄の回路で構築されたクオリアの認識を、ぐちゃぐちゃに書き換えた。

 あの瞬間、最適解は全て焼失した。アイナの言葉から始まった不殺の約束プロトコルも、蒸発した。

 殺す必要は無かった。これまでのクオリアなら、腕を撃って終わりだった。

 

「状況理解」


 すっかり静まり返り、騎士も獣人もただ血塗れのクオリアを見つめる事しか出来なかった。

 全員の注目を浴びていたクオリアは、強がる迷子のように仏頂面のまま、ふとアイナの事を思い出す。

 

 今回と同じようにアロウズを排除しようとした時、アイナは抱き付いてでも止めた。

 その時に言われた言葉がある。

 

 

「これが、“心が死ぬ”という事か」

 

 

 その後、上層にいた獣人達は投降した。

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