第43話 人工知能、魔石にハッキングする①

 

「作動してる……“ブラックホール”の専門知識を持つ魔術師は要請したけど、それまで持つかどうか……」

 

 古代魔石を凝視するロベリアが忌々し気で、弱弱しい声を放つ。

 一方でスピリトが、クオリアに無力化させられた獣人の胸倉を掴む。

 

「“ブラックホール”、他に何個作動させたの!?」

「……へっ……俺が知ってるのは、そいつがとんでもねえ馬鹿騒ぎを起こす爆弾って事くらいだ……」

「無駄よ。多分、自分達の分の指示しか受けてないんだと思う」


 ロベリアがスピリトを諫める。

 しかしこの古代魔石“ブラックホール”が一つでも作動すれば、ロベリアもスピリトも、そしてアイナも消える。“美味しい”ごと消える。

 嫌だ。

 

「ロベリア。古代魔石“ブラックホール”の情報説明を要請する」

「……え?」

「古代魔石については魔術書で概念は認識している。しかし古代魔石“ブラックホール”の作動を停止するには、情報が不足している」

「何をする気なの?」

「状況分析。古代魔石は、外部から魔力刺激による干渉が可能」


 スピリトの疑問に、クオリアは間髪を入れずに答える。

 魔力の塊である以上クオリアの様に魔術素養がゼロでも、とりあえず魔力を翳せば影響を受ける。

 勿論、大抵の場合は反応しないか、誤作動を引き起こしてマイナスの結果を生み出す事が多いが、それも魔力の調整具合による。

 実際、獣人が古代魔石“ブラックホール”を作動させたのも、特定の魔力による刺激だ。

 

 ならば理論上、誤作動する魔力を当てないようにして、魔力を翳してフィードバックされる僅かな反応をヒントに、停止する魔力を特定すれば、王都がブラックホールに飲み込まれる事態を避けられる。

 勿論、その爆弾解除には無限に思える程の魔力反応を読み込める演算能力と、タブーを避け、正解となる魔力を見つけ出す推論能力と、ミリ単位で異なる魔力を出せる精密な超性能力と、これらの気が遠くなる魔石への干渉をやってのける集中力が必要だ。

 


「これより自分クオリアは古代魔石“ブラックホール”をラーニングし、作動停止の為のを施行する」


 古代魔石“ブラックホール”という魔力で編まれたシステムへの干渉。

 クオリアが選んだ最適解は、人工知能の頃に幾億と経験したハッキングというサイバー攻撃であった。

 その方程式を解く魔力を見つけ出して流せば、クオリアの勝利だ。 


        ■          ■

 

「ラーニング完了」

 

 ロベリアから、古代魔石“ブラックホール”に関するなけなしの情報をインプットした。

 管理していた際に王国が調査と分析をした、魔力成分、魔力組成式、波長、物質の情報。

 未知の部分も多く残っている為、これだけでは最適解に達する事は出来ない。

 だが最適解算出の入口としては十分だった。


「ま、待ってよ、本当にやるの!? 魔力干渉なんて、ちょっと失敗したら即ドカンよ!? あんた、魔術はからっきしじゃないの!?」


 堪らずスピリトが口を挟んだ。

 動揺も無理はない。クオリアがやろうとしている事は、サイバー攻撃と同時に爆弾処理でもあるのだ。つまり失敗すれば、その場で即爆発ブラックホールに飲み込まれる。

 

「肯定」

「だったら……」

「ただし魔石にアクセスする為の魔力であれば、本肉体ハードウェアの場合でも可能」


 クオリアは、魔術は使えない。

 だからといって魔術とは理解不可能のイレギュラー、とは捉えていない。

 林檎から木から落ちるのと同様、魔力が炎になるのはクオリアにとっては当たり前の自然法則である。


 その自然法則を解き明かすという暗号解読の領域であれば、例え魔術にすらならない落第点の資質しか無くとも、魔力に神経が繋がっているのならば可能だ。ただし、殆どゼロから古代魔石の停止魔力コードを探り当てるには、無限とほぼ同数の反応から解を推論できるコンピュータが必要だが。


「お姉ちゃんからも何か言ってよ!」

「……クオリア君。本当に出来るんだよね?」


 一方のロベリアから出た言葉に、疑いの色は付いていない。

 ただ、クオリアがやる事を確認しているだけだ。

 

「これだけじゃない。この王都に散らばっている全ての古代魔石“ブラックホール”をどうにかする最適解を、見つけ出せるというのね」

「肯定。故に5Dプリントで上書きする手は適さない。5Dプリントでは遠隔地にある物質を書き換える事は出来ない。その為、自分クオリアは古代魔石“ブラックホール”をハッキングし、魔力干渉による最適解を探る。また、王都中から古代魔石“ブラックホール”を検索する手段は既に構築されている」

「……おっけー」


 カラっとした調子でロベリアは、その場に座り込んだ。

 

「じゃあハローワールドとして初命令。この王都、救っちゃって」

「了解した」

「ちょちょちょちょ、お姉ちゃん!? なんで止めないの!?」


 スピリトが慌ててロベリアに詰め寄せるも、いつもの自由奔放で脱力感満載な雰囲気は変わらない。

 

「私が呼んだ魔術師の処理班が来れば、古代魔石“ブラックホール”は何とかなる。でもこれが各地に散らばっているとしたら、詰みじゃない? だからここはクオリア君に懸けてみようと思ってねー」

「お姉ちゃん……」

「私はクオリア君の上司な訳ですから。ちゃんと一緒にいて責任は取ろうって事。スピリトは逃げてね」


 涼風の様に軽い言い方だが、『命を懸ける』の重みがしっかり乗っていた。

 それを受け取ったスピリトは、呆れたように両肩を落とす。


「馬鹿言わないでよ。クオリアが謎解きしてる最中に敵が来たら誰が面倒見るの。大体、王都が滅びる程度でお姉ちゃんの護衛を辞そうだなんて一ミリも思いませんよーだ」


 スピリトも鞘に収まった長剣を片手に、クオリアの横に座る。

 覚悟を決めた瞳が、クオリアを捉える。

 

「大体、私はクオリアの師匠なんだから。弟子の一世一代の大博打を見届ける義務があるの」

「“ありがと、う”」

「ほれ、クオリア君。こんな美少女二人が命掛けてやってんだから、頑張らなきゃ男じゃないぞ?」


 ロベリアの軽口の意味は分からず、優先度も低くして聞き流した。

 クオリアは古代魔石に向かい合う。

 

「これより自分クオリアは、ハッキングを開始する」

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