第41話 人工知能、毒をラーニングする
上層へ入ってからは、不自然なくらいに人影が見られなかった。
下層の戦闘を見て、堅牢な家に貴族達が立て籠もっていたのが一つの要因だ。
「獣人を認識」
閑散とした街並みの隙間に、獣人達の集団を目撃した。
中には、一昨日クオリアが助けたマインドも確認できた。
「説明を要請する。マインド、あなたはここで、何の活動を行っているのか」
「ちぃっ、騎士に見つかった……か……」
振り向いたマインドの眼が、大きく見開いていく。
「あんた……一昨日助けてくれたクオリア君か……何故ここに」
「さっき命令してくれた通りだろ。騎士は黙って南無三っと!」
「待て! この人には手を出すな!」
大剣を振り回す獣人がクオリアに迫ろうとしたが、すれ違い際にマインドの手に制される。
「けどよ……」
「お前らは“作業”を進めろ。ここは俺が引き受ける」
獣人達は困惑しながらも、路地の奥へ向かっていく。
一方のマインドは、隘路を塞ぐように中心に佇む。
「そういや、騎士って言ってたもんな。くそっ。これも運命だってのかよ……」
マインドは舌打ちをして、クオリアに苦い顔を向ける。
「あんた、ここから逃げろ……出来る限り遠くにだ! 騎士団も国もクソだが……あんたは巻き込みたくねえ」
「説明を要請する。何故
「……」
マインドは答えない。
苦虫を噛み潰したように顔を歪める彼に、クオリアは続けて詰問する。
「あなたは、蒼天党に属し、多くの人間に対して不利益な行動を取っているのか」
「……だとしたら?」
「あなたの信頼度は高い。あなたがこの様な誤っている行動を取る事は、想定できなかった」
言葉は不器用ではあるが、クオリアは明らかにマインドを評価した言葉を発した。
それを分かってしまった故に、マインドも苦しそうに掌を握りしめる。
「……食っていけねえからだよ。あんたら人間が作った社会じゃな」
「エラー。このような行動をしても、あなたの生命活動維持に悪影響を及ぼす可能性が高い」
「所詮人間……分かってねえな、アンタ。獣人はこのような行動でもしなきゃ、誰かに傅く以外で生きていく術がないのよ」
『Type SWORD』
クオリアは5Dプリントで模造剣を出現させる。
「蒼天党の活動の停止を要請する。要請に応じない場合、あなた達を脅威と分類……無力化する」
無力化するしかない。それがクオリアにとっても、マインドにとっても最適解だ。
しかし僅かにノイズが走る。
信頼度の高いマインドを傷つける事への抵抗が、クオリアの回路に発生していた。
「くそっ」
マインドは唸った。
二日前、マインドを守るためにトロイの騎士達へ放った言葉を、今度はマインドに向けている。
その悲愴感で、胸が張り裂けそうになっていた。
「……遂に俺は恩人にまで仇を返さなきゃいけないなんてな……くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!! くそっ!! くそっ!!」
何度も憤懣やる方無い激情を連続して叫びながら、マインドが遂に動く。
それを見て、クオリアも最適解を算出する。
マインドの脳を揺らし、無力化する為の行動を導き出す。
「エラー」
しかし、最適解通りに体が動かない。
凍ったように固まったクオリアの体が、その場で倒れた。
「……
舌まで自由に動かせない。結果、声にも悪影響が及んでいる。
「状況、分、析」
マインドの行動は、右腕を掲げて緑色の魔法陣を出現させただけだ。
たとえいずれの魔術で攻めてこようが、最適解で対応できるはずだった。
しかし、マインドが放ったのは害の無い微風のみ。
その空気を吸った途端に、クオリアの体に異常が発生した。
「これ、は、風、魔術、では、ない」
霞む視界で、クオリアはマインドを分析する。
風魔術の為に掲げた右手――その裾の中、液体を散布する構造の小型瓶があった。
小型瓶からクオリアは、ある凶悪なオーバーテクノロジーの兵器を連想する。
「説、明を、要請す、る。あな、たが、裾の、中から、発生させた、“
フォトンウェポンを時に凌駕する、“ナノウェポン”と呼ばれる凶悪な兵器があった。
肉眼では目視出来ない程の、極小サイズの破壊兵器だ。
あるナノウェポンは原子構造を崩し、あるナノウェポンは魔改造された細菌によって対象を即時腐敗させる。
マインドが使ったものは後者に近い。正確に言えば、ウィルスによって人工知能が
「ナノウェポン……? それが何なのかは知らんが……どうやら“毒”を受けるのは初めてのようだな」
「エ、ラー。毒は、登録、され、てな、い。これが、毒、か」
「弱者のフリして悪かったよ。一昨日はバレる訳にはいかなくてな。やられるフリが得意なのは獣人の性だ」
マインドは既に勝利を確信し、コートの中に隠していた無数の小型瓶を見せつける。
どれも、成分不明の液体や粉末を閉じ込めている。
全て、毒だ。
「本業は、毒専門の傭兵だ。どんな超人だろうと、人間である限り有効なのが毒のメリットよ」
マインドは、うつ伏せのまま動けないクオリアの隣に立ち、見下ろす。
しかしマインドの眼に殺意は宿っていない。
「アンタに撒いたのは麻痺薬だ。死にはしない……俺がこの王都から出してやる」
クオリアの体へ、マインドが手を差し伸べようとした。
これは“優しさ”という概念と一致していた。
だが、“美味しさ”は決定的に足りていなかった。
「
「!?」
マインドが飛び退く。
右手を起点にした5Dプリントの光が、クオリア自身を貫く。
光が通過した箇所から、痙攣が収まる。明らかに麻痺が抜けている。
「なっ、なっ、なんだとぉ!?」
数秒もすると、全身くまなく5Dプリントの光の照射を浴びた。
そして、クオリアは立ち上がる。
ごく自然に。何の異常も最初から無かったかのように。
「ハードウェアの修復チェック……残課題0」
「何故だ……麻痺薬は全身に行きわたった筈だ……呼吸するので精一杯だろう!?」
「5Dプリントにより、“毒”の影響を受けた細胞を、正常な細胞で上書きした。
「毒の……ラーニング……!? ど、どういう事だ……くそがっ!」
再びマインドは体に仕込んだ別の毒を風魔術に乗せて、クオリアに放つ。
「
しかし、もう何も反応はない。クオリアが麻痺し、倒れる事は二度と無かった。
「何で……毒が効かねえんだ」
「あなたの毒は、既に予測している」
「さっきとは違う毒だぞ!?」
「あなたから受けた“毒”を基に、今後
結論、クオリアはあらゆる毒に耐えうるように自らの肉体をアップデートした。
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