第36話 人工知能、聖戦の狼煙を見る

 スキップしながら先を行くアイナ。

 上層へ繋がる坂道に軽いステップを刻むたび、ふわりと髪が揺れる。


「状況分析。あなたから、“美味しい笑顔”を多く検出している」

「ごめんなさい……可愛いとか、綺麗とかって、言われ慣れてないもので……」

「……エラー」


 アイナが“美味しい”に塗れている理由をラーニングしきれない。

 アイナの纏まらない髪を、反射的に“可愛い”と言った理由もラーニングしきれない。

 どちらも0と1では、最適解の証明を象れない。

 

「状況分析。このエラーは、この“可愛い”は、誤っていない」

「そんな言葉を頂けて、本当に嬉しいです」


 バスケットごと後ろで手を組んで、上目遣いの喜色満面を見せつけるアイナ。

 眩しかった。なのに視界は更に鮮明になった。


 暫く坂道を上るにつれて、絢爛豪華な建物が増えてきた。

 ここは下層の中でも、上層に住む貴族の為の店が多いエリアだ。

 

 二人の横には洋服店。

 展示されていた服は、宝石や毛皮等でデザインされた至高のドレスだった。


「……3年前までの私は、女性としての自分とは無縁の存在でした」


 クオリアは、少しだけ取得した視覚情報にエラーを抱いていた。

 展示ガラスの向こう、まだ10歳くらいのアイナがドレスを見上げていたような気がしたからだ。


「残飯を漁って、良い路上ねぐらを探して、金にもならない仕事して……毎日目撃する暴力や殺人の被害者にならないように、兄達の陰に隠れてこそこそしながら……ただただ、生きていくのに必死でした。あの頃は生きてさえいればどうでもよかったんだと思います」


 独白を重ねていくアイナの言葉が一瞬止まったのは、その時だった。

 

「でもあんな服を着て、何も気にせず街を散歩したい。いっぱいお洒落して、綺麗になりたい。そんな風に、思った事もあったかなぁ……」

「あなたはこの服を取得する事を、目的とするのか」

「いいえ」


 物憂げだったアイナの顔が、満面の笑みに戻る。

 美味しいを、また取得した。


「一番欲しかった人から、一番欲しかった言葉、全部頂きましたので」

「説明を要請する。それは――」



 二人の世界を、轟音が砕いた。

 心臓を止めるような地響きに混じって、一望できた下層のあちこちから爆炎が上がった。

 


「下層全域に、多数の脅威を検出」

「な、な、なんですかこれ……」


 手で口元を覆うアイナの隣で、クオリアは淡々と状況を読み込む。

 一つ、一つ黒煙が増えていく。明らかに巨大で堅牢な建物が破壊される崩落音が聞こえる。

 炎属性の魔術特有の火薬が鼻を掠める。風魔術に揺さぶられた大気の変動を肌で感じる。

 全五感センサーが、異常を全て捉える。

 

「うわあああああああああああああっ!!」


 悲鳴と、風に乗った血の匂いを検知した。

 霞むくらいに視界の彼方で、また一つ“美味しい”が完全に赤く塗りつぶされた。

 

「た、助けなきゃ!」

「アイナ。自分クオリアの半径10m以内に留まることを要請する」

「わっ」


 アイナの手を掴んで移動を促しながら、坂道を駆け下る。

 しかしすぐに、異常の根源を目撃する。

 獲物目掛けて襲い掛かる、獣人達の群れだった。

 

「俺達にありったけの自由を寄越しやがれクソ人間共オオオオオオオオ!!」


 殺戮を見た。

 思いっきり振り下ろされた剣閃が、人間を骨ごと真っ二つに割っていた。


 破壊を見た。 

 何人もの、合算された魔術が土台から建物を粉砕していくのを見た。

 

 一瞬でラーニングした。

 この獣人達は、殺戮と破壊を只管に繰り返しているだけだ。


 ただ逃げる人たちの悲鳴が、“美味しい”の指数関数的な減少の証左だった。

 

『Type GUN』

『Type GUN』


 脅威を全て、視界に捉える。

 17体。ゼロタイムで予測を終えた。

 障害物や逃げ惑う人間で隠された部分の挙動も、クオリアには未来ごと見えている。

 

 



 かの獣人達が何者で、何故殺戮と破壊にこれ程の規模で手を染めているのか、その質問を投げることは無い。

 代わりに、光線を人数分送った。

 

「いぐっ!?」

「ぐっ」

「あが、なん、痛、これ……!?」


 17条。

 刹那の内に連続で放たれた光弾は、全ての障害物を“ぐにゃり”と回避して獣人達の四肢を貫く。


「それ以上の敵対的行為は、生命活動の停止を含む排除の対象となる」


 黒煙と共に舞い散る火の粉に目を瞑ることなく、腕や足に風穴開いた獣人達を睨みつける。

 ハローワールドとしての、最初の仕事の始まりだ。

 

「あなた達は、誤っている」

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