第37話 人工知能、サラマンダーを攻略する①

 王都各地から悲鳴と轟音が連続する。

 17人の獣人を無力化しただけでは収まらない。

 脅威の数は明らかに多い。百人どころか、千人はいる可能性が高い。

 

 まず、クオリアに足りないのは情報だ。

 地面にのたうち回る獣人からの情報のインプットを試みる。

 

「説明を要請する。あなた達は何故、このような大規模行為を行っているのか」

「てめぇら神様気取りの人間から、俺達の生活を取り戻す為だよ!!」

 

 綺麗に貫通した四肢を押さえながら、睨みを利かせて獣人が返す。

 

「獣人を奴隷としか見れないお前らを殺して……ここを俺達が俺達らしく生きられる国にする!」

「あなた達は誤っている。このような振舞いをした場合、獣人への信頼度が低くなる。あなた達の生活に不利益を及ぼす可能性が高い」

「黙れ人間! 何も分かっていないのにベラベラと……」

「説明を要請する。自分クオリアが理解していない事は何か」

「所詮人間には、俺達の苦しみは分からねえ!!」

「……クオリア様は、その苦しみから獣人も人間も分け隔てなく、助けようとしてくれてるんですよ?」


 ふらっ、と前に出たアイナは、複雑な表情でクオリアの隣に佇む。

 獣人として同種の暴挙を見てしまった哀切と、主人であるクオリアが馬鹿にされた事への憤怒が、歪む表情に同居していた。

 獣人は何かを言い返そうとするも、ピクリと眉を顰める。ふわりとした髪の中にある猫耳に気付いた。

 

「お前……獣人か?」

「はい……あなた達の苦しみは、私にも分かります。でも、こんなやり方をしたって、人間が獣人に対する敵意を強めるだけです! 間違ってます!」

「悲しいなぁ。残念だ。性奴隷やってる内にほだされやがった」

「違います。私は……」


 冷酷に吐き捨てた獣人から、しかしアイナは目を逸らさないでいた。

 一方で、クオリアは検出する。

 

「脅威を検出」


 三人の獣人が、背後から凶器を掲げて迫っていた。

 しかし、聴覚と触覚からの情報取得で、クオリアは全てを把握する、

 結果、荷電粒子ビームが、ノールックで彼らの腕や足を抉った。

 

「ぎ、がああああ……」

「お前……後ろに眼でもあるのか……?」


 クオリアは淡々と、普通の人間では口にしにくい言葉で返す。

 

「あなたは誤っている。アイナは奴隷ではない。自分クオリアの家族に分類される」

「……」

「説明を要請する。あなた達はどのような集団か。今この王都を襲っている集団の規模は――」

 

 クオリアの最適解に、想定外のエラーが入り込んできた。

 建物数個挟んだ離れた箇所。視界には捉えられない。

 だが全身を包む振動。

 

「大きな脅威を検出」


 地響きが、世界から音を奪い去った。

 紅蓮と閃光が視界の一部を消し飛ばす。


 強烈な爆風の副産物として、瓦礫の弾幕が押し寄せたのは、刹那の事だった。

 

「うわっ!?」

 

 大小含め、人に直撃する瓦礫は135。

 どれも人体へ致命的な損傷を及ぼす。一つでも通す訳にはいかない。

 

 だからこそ、クオリアの眼は全てをロックオンする。

 反応すら出来ないアイナ達の前に出て、隙間無き瓦礫の豪雨の軌道を全て演算しきった。

 

、全ての軌道を算出」


 二丁のフォトンウェポンを構えると同時、連射。

 瞬く間に135回。

 全て、瓦礫と交差する。

 飲み込みんだ荷電粒子が、一瞬にして瓦礫を蒸発せしめた。

 

 この間、1秒にも満たない計算と実行である。

 結果、クオリアの後ろでは誰も死んでいない。

 

「た、助かっ、た……クオリア様、今のは一体……」

「……状況分析。あの方角は、アイナの髪を“可愛く”した店と判断」

「えっ?」


 クオリアの分析に、黒煙の中心に向かおうとアイナの体が反射的に動く。

 だがそれも予測済みで、アイナの手を掴んで止めるのだった。

 

「その行為は推奨しない。この爆発を引き起こした、大きな脅威が発生している」

「ですが……あんな炎に塗れては……」


 焦るアイナの顔色に同調するように、クオリアの脳裏にもノイズが走る。

 先程クオリアとアイナを送り出した、あの女店主の大笑いが呼び起こされる。

 

「……脅威を無力化し、店の無事を確認する。それが最適解だ」


 最適解の筈なのに。

 この先走ろうとする演算回路は何なのか。脳裏に走るバグに、クオリアは顔を歪める。


「――おいおいおい、誰だぁ!? 飛ぶ瓦礫全部撃ち落とす勢いだったのはよ? 大道芸か?」

「ちっ……イカレ放火魔のゴースだ。ここはダンジョンじゃねえんだぞ」


 燃え盛る音に負けないくらいの大声の後で、忌々しそうに他の獣人達が舌打ちをするのが聞こえた。

 中から現れたゴースと呼ばれた犬耳の獣人――の後ろから人型ではない大きな影が現れた。

 炎を纏った巨大な蜥蜴が、獲物を見定める黄金色の眼でクオリアとアイナを睨みつける。

 

 クオリアが肌で検知した、“大きな脅威”の正体だ。

 

「アイナ。説明を要請する。あれは何に分類される魔物か」

「え、えっと……分かんないです……あの獣人に使役されているのは確かなのですが……」


 ゴースは頬を吊り上げて、その名を口にする。

 

「“サラマンダー”……ダンジョンでも“最下層”にしか生息しない、俺の最高のペットさ。人間様から主導権奪おうってんなら、これくらい持ってきたって卑怯じゃないだろう!?」

「状況理解。魔物“サラマンダー”。高位の脅威として分類。これより排除行為に移る」


 フォトンウェポンを構えながら、クオリアの最適解算出は完了する。

 サラマンダーを倒す為ではなく、あの女店主の無事を確認する為の一番早い筋道を描く。

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