第34話 聖戦12時間前

 王都郊外に存在する地下空間に、多数の獣人が密集していた。

 

 獣人である事以外では、“蒼天党”のメンバーであるくらいしか共通点がない。故に仲間意識はピンキリだ。

 マインドは近くで起きていた喧嘩から目を逸らし、テーブルに腰掛け酒を呷っていた。


「……ピリピリしてんな。本当に大丈夫かよ」


 視界に入れずとも、飛び交う怒号を無視する事は出来ない。あまりいい気分がしない。

 

「あれがリーダーか……初めて見るが、まだ成人したてじゃねえか……ん?」


 少し高い所に出て全体を一望する青年と、昨日助けてくれたアイナの面影が重なった気がした。だが他人の空似かと、思考を捨てた。雰囲気が違いすぎる。

 

「耳のある者は聞け! ただ生まれだけで、普通すら望めなくなった者達よ!」


 あらゆる怒号を粉砕する大声が、会場に響く。

 全員が、その青年を見た。

 若年ながら、集団を取り仕切るカリスマ性は十分だった。

 

「俺はこの蒼天党を取り仕切っているリーベだ!! 皆、今日はよくぞ集まってくれた!!」


 掌を握りしめる掌。爪が喰い込み、血が滴る。


「皆が明日、聖戦に臨む想いは敢えて聞かん! 無抵抗の家族を殺されたか!? 安住の地を追われたか!? 主の打つ鞭から自由を取り戻したいか!? 皆それぞれ、悲劇の物語の主人公をしてきた事だろう! そして人間は俺達を舞台装置のように“消費”する! だから俺達の想いは違えど、ただ一つだけ共有するものがある! クソッタレな人間共から支配も自由も奪い取って『ざまぁみろ』と言ってやる事だ!!」


 スピーチは続き、滾った観衆たちが大きく声を上げる。

 先程まで喧嘩していた獣人達も、心が一つになっているのが分かる。


「明日、俺達は決行する! 人間共が俺達にしでかした残酷を全て清算し、俺達が俺達らしく蒼天の下で生きていく為の聖戦を――!」

 

 スピーチが終わって辺りが余韻に包まれる中、マインドは変わらず酒を飲みながら昏く顔を染めていた。


「俺には……そんな高尚な理由はねえがな。だが、もう選んじまったことだ」


 生きていく為なら、なんだってやる。

 その為に恩人さえ裏切る自分を責め、マインドは更に酒を注ぎ足す。

 

「マインド。蒼天党への参加、歓迎する」

「バックドアさん」


 マインドの隣に駆け寄ったのは、サングラスで眼を隠すバックドアと呼ばれる新参の幹部だった。

 この蒼天党がここまで大きくなったのは、参謀たるバックドアの力量もあると言われている。

 

「君には一部隊を統率してもらいたい。君の頭脳であれば、出来る筈だ」


 バックドアは地図を取り出し、机の上に広げる。

 一般市民が暮らす下層、貴族や王族が暮らす上層が全て記された、王都の地図である。

 

「全体的な作戦は陽動と本命の二段構えだ。まずはリーベ率いる陽動部隊が王都各地で暴れ、騎士団の注意を引く」

「それで? 俺如きに任せた本命は何をするんだ?」


 バックドアはニヤリとして、視線を奥の部屋にやる。

 

「上層のエリアに“古代魔石”を仕掛けてもらう」

「古代魔石!?」


 バックドアに案内された部屋は、暗かった。

 仄かにモノクロを撒き散らしている光。それを纏って静かに主張しているだけ。

 だが、マインドもこの瞬きが意味する事を理解している。冷や汗をかきながらマインドが問う。

 

「古代魔石って……今は国が厳重に管理している筈なのに……」

「詮索はするな。命を縮めるぞ」


 サングラスを直しながら言い放つバックドア。それ以上、聞き出す事は出来なかった。

 

「古代魔石“ブラックホール”。発動すれば極めて高密度の超重力空間が発生する。時限式で発生するように調整は済んでいる……君達はこれを特定箇所に設置して発動したら撤退しろ」

「……いや、こんなのを使ったら」

「クックック……、上層は消滅だ。何もかも、王宮も、その中にいる耳無しの猿共もな」


 まるでゲームでも楽しむかのように、とんでもない事を言い放つバックドア。

 青ざめるマインドを逃がさないように、バックドアが後ろから肩を組んだ。

 

「なにギロチンに掛けられる直前みたいな顔してんだよ」

「いや……」

「まだ覚悟が決まってないな?」

「そんな事は無い。もうここまで来たら、やるしかないんだ……!」


 絡むバックドアを振り払いながら、痛む心を必死に押し殺す。

 多少の哀れな犠牲を出してでも王族と貴族を皆殺しにしなければ、生きてるとは言えない人生に逆戻りだ。

 そんな言い訳をぶつぶつと呟きながら室内を彷徨っていると、一人で佇んでいたリーベを見かけた。

 

 バックドアのような打算塗れの雰囲気とは違う。

 殺気が漏れ出しているとは、こういう事を言うのだろう。

 目前に人間が現れたら、爪で心臓を抜き取り、牙で喉を食い千切るだろう。

 瞳に宿った怒りのままに。心を丸呑みにした絶望のままに。

 

「……あんたがマインドさんか」


 だが溢れる激情とは裏腹に、静かにマインドに落ち着いた顔を向けてきた。


「俺が囮の指揮を執る。敵は上層に近づけさせない。だから確実に頼む」

「リーベさん、一つ聞いていいか?」

「なんだ」

「……あんたはどうして、蒼天党を率いてこんな事をしようと思ったんだい」


 問いながらも、訊く者の礼儀としてマインドは自分の考えを伝える。

 

「……俺は自分が生き延びる為に、この選択しかないと思っている。正直、取っている方法はあまりに残酷で、やりすぎだ。だが俺は死にたくない。生きたいように生きたい……誰かに犠牲になってもらってでも」

「それぐらいの方が動機としては信頼が出来る」

「ただ……こんな方法しか無かったのかとも思っている」


 リーベが突如光らせた弓矢の如き視線に、心臓を貫かれたような気がした。

 殺される。

 そう直感して取り繕う様に、マインドは覚悟を伝える。


「も、勿論、もう俺も戻れない。やる以上はやるさ。やってやる……!」

「……俺には妹がいた」

 

 憎悪を十全に乗せた、どす黒い声色だった。


「3年前、人間共に殺されたがな……!」

「復讐って事かい」


 向けられた隈だらけの視線でマインドは察する。

 『復讐は何も生まない』という常套句など、爆弾の導火線に灯す炎でしかないというという事を。

 

「だから俺にはもう何もない。家族と言ってくれる人も」

 

 もう、復讐しなければ前に進めない。

 そう言い残して、リーベは集団の中に消えていく。

 


 前にしか進めない不器用な時間は巡り、朝になる。

 その頃には、既に聖戦は開始していた。

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