第27話 人工知能、100人斬りを始める①
守衛騎士団“トロイ”。
全五師団からなる、大手騎士団の一つとクオリアは認識している。
「……人間認識。昨日無力化した騎士と判断」
高飛車に胸を張るエドウィンの後ろ、忌々し気に睨んでくる六人の騎士がいた。
獣人マインドに暴力を振るっていた六人だ。
「昨日、反抗的な態度を取った獣人風情を庇い、我が騎士に危害を加えた。この罪、許し難し」
エドウィンの百人を引きつれてきた理由を聞いて、スピリトがクオリアに事情を尋ねる。
「トロイに喧嘩売ってたの?」
「エラー。“喧嘩”という単語は登録されていない。喧嘩は商品に分類されるのか」
「冗談言ってる場合じゃなくて! あのトロイと何があったかって聞いてんのよ」
「マインドという
「不当? おいおい。俺達トロイが不当だと
傲慢が音になったようなエドウィンの声が、他に誰もいない街外れの野原に良く響く。
「守衛騎士団とは即ち街の治安であり、ルールだ。俺達が黒と言えば黒。そんな事も分からないか」
「エラー。守衛騎士団とは人々の“美味しい”を守る戦力を指す。守衛騎士団は街の治安ではない。ルールではない」
エドウィンの声色が、段々と苛立つ。
一方、クオリアは抑揚を一切挟まない。
「守衛騎士団が街を守ってやってる……それに礼を尽くすのが平民の義務だ!」
「エラー。あなた達が昨日マインドにした事は、『守っている』と矛盾している」
機械的に返しながら、ロベリアが話していた事を思い出す。
特権階級に胡坐をかき、守衛騎士団としてあるまじき行動をとる連中がいる、と。
このトロイが、第五師団団長であるエドウィンがその見本市だ。
「もういい……貴様を反逆罪で拘束する。大人しくしろ!」
痺れを切らしたエドウィンの号令を受けて、100体もの兵がそれぞれ動き出す。
前衛部隊は剣や槍、棍棒を構えて前進する。
後衛部隊は弓を構え、ある者は魔術を唱え始める。
一人を拘束するには、過剰な戦力である。
「待ちなさい! 勝手な事言わないで!」
待ったをかけて、クオリアの前に出たのはスピリトだった。
結果、人を食ったようなエドウィンの視線と正対する形になった。
「子供……?」
「いかが致しますか。エドウィン師団長」
「捕えろ。子供だが、器量は良い。そうだ、俺の奴隷にでもしてやろうか……最近夜伽もババアばかりになって飽きたところだ」
明らかにエドウィンも兵士達も、目前にいるのが第三王女である事を理解していない。スピリトが公務の場に基本出ていないのが災いしている。
しかしスピリト自身も主張するでもなく、模造剣を凛と構えるのだった。
だがその構えも、明らかにぎこちない。界十乱魔の乱用の反動が、体から抜けきっていない。今にも倒れそうだ。
スピリトの後ろ姿から、その異常をクオリアが指摘する。
「その選択は誤っている。あなたは、戦闘をすべきでは――」
「最初から私の選択なんて誤りばかりよ!! そんな事分かってるわよ!」
少女の咆哮に、クオリアの提言が遮られた。
両肩でする息が荒い。結局、膝立ちになった。
しかし迫る“トロイ”に、剣先は向けたまま。
聖剣聖としての眼は、死んでいない。
「君を追い出すために、何にも悪くない君を傷つけた……ましてや『参った』を言うべき場面で言わないみっともなさ……これが誤りじゃなくて、なんだって言うのよ!」
「何を言ってんだ?」
けらけらと笑う兵士達に構うことなく、スピリトは続ける。
「お姉ちゃんが悲しむなら悲しめばいい……あなたは恨むなら恨めばいい……人として間違ってると批判するならすればいい! でも私は後悔してないし、間違ってても間違っているなんて思わない……! これがお姉ちゃんが死なない為の、私にとってたった一人の大事な人がいなくならない為の……最適解なんだ……っ!! 私は私の心に従ったまで!」
「心」
スピリトが涙ながらに声を振り絞って発したワード。心。
アイナが言う心とは、また違う心のようにクオリアには感じられた。
たとえ冷たくとも決して折れることない、どこまでも貫き通す剣がイメージとして浮かんだ。
「師匠としてのけじめをつけるわ。クオリア、君は逃げて。君は私の弟子である以上、勝手な戦闘はさせない。君にいちゃもんを付ける輩がいるなら、火の粉を払うのも私の役目よ!」
遂に騎士の一人が間合いに入る。
満身創痍の少女相手にもかかわらず、容赦なく剣の腹でスピリトを殴り飛ばそうと振りかぶる。
「よく分からねえが、近づきゃ滅茶苦茶人形みたいに可愛いじゃん……それ、装備全部剥いでや――」
無機質な影が、二人の間に割って入る。
「
舐めずりまわす舌ごと、その騎士の顎に一閃。
模造剣とはいえ、顎は砕け、意識ごと体が吹き飛ぶ。
「はが……」
「エネミーダウン。脅威の無力化を確認。残り99体」
甲冑が一つ、地面にぶつかった粗雑な音。
無風の野原に、それだけが響く。
「や、やりやがったな……!」
エドウィンの狼狽する声を皮切りに、他の兵達もようやく動きを再開する。
「こっちは100人の戦力だぞ!? それも第五師団の精鋭のみを揃えた! 今更後悔してももう遅い……者共、あの阿呆共は処刑だ。弓兵、魔術師!」
「おおおお!」
背後に固まっていた兵達が、それぞれ矢を番え、魔術を発現し始める。
――だがその一瞬の停止は、クオリアの演算時間の前には致命的だった。
「
5Dプリントの発動は、既に終えていた。
『Type GUN』
『Type GUN』
「えっ……!?」
騎士達が気付いた時には、それこそもう遅い。
二丁のフォトンウェポンから連射された
「うわあああああっ!?」
一発も、兵士達に直撃することは無かった。
ただし彼らの弓と、色とりどりの魔術そのものを光弾が通過していた。
弓柄は全て真っ二つに焼き割られ、魔術は中心に風穴が開いた崩壊して霧消する。
「クオリア……」
後ろできょとんとしているスピリトにクオリアは一つ、声を掛けた。
「スピリト。あなたは、誤っていない」
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